LRQAリミテッド 小田村尚 氏
Johnson & Johnsonの人的資本の情報開示の中味の濃さ
アメリカのJohnson & Johnsonは非常に立派な人的資本の情報開示を行っています。情報開示の仕方については、現状は法規制に基づいたものではなくて、自主的な情報開示となっています。それぞれの企業のやり方があり、他社との比較をストレートにできるわけではありません。これからは法制化がどんどん進んでいきますので、サステナビリティ情報開示は財務情報と同じように比較が可能になっていくと思います。

では、Johnson & Johnsonはどういう情報開示をしているか。2つのレポートを年次で発行しています。2つのレポートの表紙を今画面に映しておりますけれども、左側がいわゆるサステナビリティレポートで「Health for Humanity Report」と題されています。先ほどEとSとGについての全般的な話が全部この中に入っています。
さらに右側の「We All Belong」は、人的資本のテーマの中のDE&I(Diversity Equity and Inclusionの略)に特化したレポートで、別冊で発行しています。この別冊のレポートはかなりのページ数があり、中身もものすごく濃いものです。
We All Belongが開示するDE&I
DE&Iは人事的なお仕事をされている方にはなじみのある言葉かもしれませんが、日本でまだそんなに浸透していません。ダイバーシティは多様性です。例えば、男女の性別、LGBT、それから人種、年齢、あるいは障害を持った方が世の中にはいます。こういった多様な人材を人的資本として活用しているというのがダイバーシティです。それからエクイティというのは、平等であって公平であることです。そして、インクルージョンは、日本語にするのが難しいと言われている概念です。実はインクルージョンというのは東京オリンピックのテーマでもありました。東京オリンピックの時は、インクルージョンは日本語で調和と訳されていました。調和というのは必ずしも正しい日本語訳ではないとも言われていて、一番訳されることが多いのは包摂という日本語訳です。ただ包摂という言葉も普通はあまり使わない日本語なので分かりにくいです。かみ砕いて言いますと、多様性のあるいろんな人たちが公平に一緒に仕事をできる環境であるということです。そういうものをインクルージョンと考えていただければいいかと思います。
ダイバーシティ・エクイティ・アンド・インクルージョンDE&Iは、欧米の場合は非常に重要視される側面になっています。なぜなら欧米の場合は、そもそも社会が多様性に富んでいます。人種も多様ですから、差別をしない社会をつくっていこうという方向性があります。企業も、それに従って人を平等に扱いましょうというモチベーションが日本よりも高いのです。
そのために、Johnson & JohnsonはDE&Iの別冊のレポートを出しています。
Our Credoにサステナビリティと人的資本を位置付ける
We All Belongというレポートをちょっと見ていただきます。
レポートの最初にOur Credoが出ています。これは日本語で言うと社是です。Johnson & Johnsonが1943年に制定した社是です。80年前につくられた社是が今でも生きています。そして、まさにサステナビリティとかESGという現代に通じる考え方がこの社是には取り入れられていて、それは「4つの責任」ということで語られています。
1つ目の責任というのは、「全ての顧客に対する責任」です。
2つ目の責任が、「世界中で共に働く全社員に対する責任」です。これまさに人的資本です。社員一人一人が個人として尊重され、受け入れられる職場環境を提供しなければならないとあり、まさに多様性が書かれています。
3つ目が、「地域社会、さらには全世界の共同社会、コミュニティに対する責任」です。
4つ目の責任は株主に対するものです。
順番は、優先順位が高い順に並んでいると言われています。
実際にJohnson & Johnsonが製品の問題を起こしたことがあったのですが、その時、Credoにある顧客の利益を最優先するという考え方に基づいて、すべて情報開示をして製品回収を図ったということがありました。隠蔽をするという対応手段があった中で、誠実な対応をしたということで、今でも語られてます。Credoに基づいていろんな経営判断がされているという、一つのベストプラクティスと言いますか、そういった社是になります。
冒頭にCredoがあって、その中でサステナビリティ、人的資本に関して、どうなっているかの情報開示がされているという構成になっています。
これは非常に重要な点です。このレポートでは、人的資本だけが独立して開示されているのではなく、なぜ人的資本が大事なのかを語るストーリーの中で情報開示がされています。
ここでは気になるポイントだけご紹介させていただきます。
最初の方にESGのレーティングが出ています。最近では機関投資家が投資をするにあたって、その会社がESGの対応をどれだけきちんとやっているかを見た上で、投資先を選別するようになっています。そのために、機関投資家あるいはその取引先のサプライチェーンオーナーがそれぞれの上場企業のESGへの取り組みがどのレベルにあるかということを調査して格付けします。昨今はESGを格付ける機関が多数あり、ここに出てくるのはメジャーなESGの格付け機関です。

Johnson & Johnsonは、それぞれの格付けにおいてどういったレベルになっているかが、すべて透明性をもって開示をしています。これが一番最初に出てきています。
それから、ESGのガバナンスとストラテジーというページ(次頁)では、先ほどお話ししたCredoが考え方としては一番上位にあって、その下に企業としてのパーパスがある、という立て付けになっています。その中で、ESGの3つのエリアにフォーカスをしていくということが概念として出ていて、3つの中の真ん中にEmpower our employeesありますが、ここが人的資本であり、全体の中でこういう位置付けで人的資本を捉えているということがレポートの前段の方に書いてあります。


人的資本の詳細なパフォーマンスデータ
次に、人的資本のパフォーマンスデータが詳細に開示されています。日本企業からするとまだまだそこまでは難しいというレベル感の開示になっていますが、お手本ということでご覧いただければと思います。
例えば、このスライドの左側の上部のジェンダーリプレゼンテーションは、それぞれの分野ごとに女性の占める割合が記されています。それを時系列で比較して出してきています。
上の右側には、マネジメント層における女性の比率を2025年までに50%を達成しますという目標を掲げて、その下の欄に2023年で49%できているという情報を開示しています。ですからオントラック(順調に進んでいる)ということになっています。

上図は、従業員のエンゲージメントというところの開示の一つで、先ほどの社是Credoに関して、従業員がどの程度腹落ちしてるかを、一つ一つのCredoの項目に関して従業員に対して調査をして、その結果を開示しています。必ずしも100ではないのですね。
例えば、ある項目は85%の社員の人が納得しているが15%の社員の人はちょっと腹落ちしてないというところも明確に情報開示をしています。


上の右図は採用に関わる指標で、いろんな側面から採用関係の情報開示もしています。
右図は人的資本データの全般的な情報開示です。着目をしていただくと面白いのは、性別を3つに分けてるということです。一番上はトータル・ナンバー・オブ・エンプロイーズ(全世界の従業員数)は、2023年ですと、134,357人です。それを女性、男性、そしてそれ以外という項目に分けています。日本では、概念的にもそこまではちょっと難しい現状でしょう。LGBTの人たちの数値を把握して開示をしているところまで徹底しているのです。女性、男性、それ以外というのを、地域別、あるいはジョブカテゴリー別に示しています。職位のレベル別に数字を把握して開示をしていて、かなり細かいところまでしっかり行っています。
さらに年齢別では、30歳以下の社員の方がどれぐらいか、30歳から50歳、51歳以上、そういう分類まで社員の構成を情報開示しています。この辺りは日本企業でも普通にできるのではないかと思います。
それから人種別では、白人、アジア系、黒人、ヒスパニック、その他。こういった人種別にもしっかりと分類をして開示をしてます。全体の従業員数だけではなくて、人種も同じように職位別に情報開示をしています。黒人の人を多く雇ってるけれども、職位で見たら一番下の職位ばかりで、安い賃金の人ばかりです、となってはいけないのです。そうならないように職位別にはどうなのかも透明性を持って開示をしているのです。こういったような非常に細かい情報開示がされています。

上図は、一番最後のページに出ています。全部で70ページぐらいの非常に情報量の多い開示をしているレポートですが、Johnson & Johnsonの経営陣として、ここに開示された情報は正確なものであることを誓約しますと書いてあります。
なかなかここまで書いてあるレポートは多くはないのですが、取り組みとして真摯な態度がこの一番最後のページにも示されているかと思います。
日本の会社も情報の開示をする以上は、このぐらいのコミットメントをもって、しっかりと経営の情報開示をしていくべきだと思います。
出典:現研第419回新経営具体化研究会(2024年7月26日開催)の小田村尚氏報告から再編集

小田村尚(おだむらたかし)氏
LRQAリミテッド クライアントサービスグループ マネジャー
第三者機関であるLRQAジャパンにて、認証事業におけるクライアントオペレーション責任者。
ESG開示情報のアシュアランスサービスの立ち上げを行い、サステナビリティを専門分野とする。
大手クライアントのソーシャル・ガバナンス分野の保証業務を担当。