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【大阪・関西万博特集】クラゲ館の奇跡はどう起きたのかー小堀哲夫氏にきく①

Ⅱ.建築家小堀哲夫さんが起こした奇跡

写真1:クラゲ館外観図

プロローグ
クラゲ館の奇跡に遭遇した証人として語りたいこと

現研主任講師 杉井清久 


1.場を開くことによって起こる創造性の誘発

大阪・関西万博のほぼ中央に、8人のプロデューサーの手による8つのシグネチャー・パビリオンが配置されている。その中に、軟体動物のような形をしたおよそパビリオンらしくない建物がある。訪れる人は後を絶たず、平日の昼間だというのに小学生以下の子供たちの割合が多い。数えてみると、万博会場入口では10%強だった子供たちの人数が、その軟体動物のような建物を訪れているのは20%強とおおよそ2倍。老若男女の中でも、特に子供たちに大人気のパビリオンである。

写真2:クラゲ館外観図 ©︎KURAGE Project & steAm, Inc.


そのパビリオンの名前は「いのちの遊び場 クラゲ館」愛称「クラゲ館」という。波のようにうねった形状の屋根はクラゲを模しているのだ。来場者は次々と「プレイマウンテン」と名付けられた丘の間のスロープを登っていく。登っている途中で、何やら面白いものを発見する。地面から生えている白くて柔らかい触手が、幾つも頭をもたげている。

「触って」と訴えているようだ。子供たちが触ると、大人たちも触り始める。ぷにゅぷにゅで、ブラブラ揺れて、シャカシャカ音がする。変なの。なにこれ。不思議だね。これがクラゲの手なのかな。「振るーと」と呼ばれている白色のシリコンでできたこの仕掛けは一種の楽器で、人々を触れる行為へといざなっている。

写真3:「振るーと」で遊ぶ男の子


丘の途中に流れている清流「土と水のカーテン」を抜けると、「いのちのゆらぎ場」に達する。外から地続きで、半分屋外になっている広場。白い幕屋根から漏れてくるゆるやかな自然光に溢れた、クラゲのような形をした屋根の下である。入っていくと、大きな木にめぐり会う。まさにその大木にようやくめぐり会えたというかんじがするのである。

「創造の木」と名付けられたその木は、これまでクラゲ館を作り上げてきた人々の思いを記した沢山の短冊を衣装のように身にまとっている。そしてどっしりと根を据えて、私たちを迎えてくれる。

写真4:創造の木 ©︎KURAGE Project & steAm, Inc.


そこで、奇跡が起こっていた。子供たちの目の色が違う。動きが違う。勢いが違う。置いてあるカリンバに触って、音を出してみる。ポロンポロンと音がする。太鼓を叩いてみる。ドンドンと鳴る。木琴を弾いてみる。ポコポコとかわいらしい音。中央には沢山のクラゲが描かれた「希望のピアノ」があって、触ってみるとピアノの澄んだ音色が聴こえ出す。アコースティック楽器だけではない。絵をかざすとその絵の音が出て来る「ごちゃまぜオーケストラ」、数学から生み出された特殊な形状で七色に発光しながら不思議な音を出す電子楽器「角命(Kaku-Mei)」、テーブル上のゲルを掌で押さえると温かな音が出てくる楽器「音色(On-Shoku)」、足で踏むとパイプオルガンのような低い音が出る楽器「転生オルガン」。ブーブー、ポンポン、ヒャラヒャラ、チャカポコ、ポロンポロン。もう止まらないのだ。子供たちだけではない。お母さんもお父さんも、おじいさんもおばあさんも、若いカップルも、中学生も高校生も。皆が目の色を変えて、熱中し、音を出している。こんなふうに何でも触ってよくて何でも音を出していいパビリオンなんて他に無い。大抵はお母さんが興味の塊になっている子供に向かって「触っちゃダメよ!」と必死で止めなければならなくなる。しかし、ここではそんな心配はいらない。自分の好奇心が大人から止められないことがわかると、子供は更に目の色を変えてエキサイトする。思い切りやってみる。思い切りやると楽しい。楽しくて仕方ない。子供のそんな様子を見ていると、大人だって触りたくなる。触りたくてムズムズしてくる。この楽器どんな音がするのかな? 触ってみたいな。弾いてみたいな。気が付くと、そこここで子供と一緒にセッションが始まっている。どんな音が出た? こんな音? あらかわいいね。こっちはこんな音。あら楽しい。そんな具合に大合奏が始まって、もう留まることを知らない。

写真5:世界の楽器で遊ぶ子供たち ©︎KURAGE Project & steAm, Inc
写真6:「ごちゃまぜオーケストラ」の様子 ©︎KURAGE Project & steAm, Inc


そうなってくると広場は騒音で溢れてしまい、耳を塞ぎたくなってしまうだろうと思うかもしれない。しかし不思議とそうならないのだ。理由の一つは、この広場が外に向かって開かれていること。後述するが、これがこのパビリオンを設計した建築家小堀哲夫さんによる建築の最大の特徴で、「開く」というキーワードで示される。小堀さんの建築は外部環境へ開かれており、万博会場に向かって吹き込んでくる海風を「土と水のカーテン」から入り込ませ、反対側へと吹き抜けさせる。実際に会場にいると常に風の流れがあり、広場の体感温度を下げると共に、会場内に溢れる楽器の音を低減させている。

写真7:土と水のカーテン ©︎KURAGE Project & stemA, Inc


そしてもう一つの理由は、メディアアーティストでSTEAM教育家、そしてジャズピアニストでもあるプロデューサー中島さち子さんらクラゲチーム(steAm)の音響設計によるものだ。原始的なアコースティック楽器が出す響きと、先進的な電子楽器が発する音色を、互いに不快な音にさせないように配置している。それだけでなく、クラゲの大木の根元から広場全体に発せられている音が管内の音を調和させている。これ自体「クラゲWAVE」と呼ばれる楽器になっており、来場者は遊んでいるうちに、いつの間にか6体のクラゲの拍動とも呼応し、会場全体の音や光に影響を与える(演奏する)ことができる。いいかんじの和音になったり、組み合わせによって時には不協和音になったりもするが、まるでクラゲの体内で聴いている音のように安心感のある通底音が奏でられているのだ。このクラゲの音が来場者の鳴らす様々な楽器の音を調停する効果を発揮し、皆を優しく導いている。ちなみに中島さんは、このクラゲ館の協奏状態を「いのちの楽器」と表現している。

写真8:創造の木の周りの「音色On-Shoku」で遊ぶ子供たち


以上は半屋外になっているクラゲ館の地上部分で実施されており、誰でも予約無しで入場して体験することができる。お客様の滞在時間は伸びに伸び、60分以上の方もいるそうだ。しかし、これまでほとんど入場制限には至っていない。これは導線の設計がよいことと、広場の大きさ対する楽器配置のバランスがよいためだと思われる。満足度が高いのは言うまでもなく、特に子供たちの「またあそこに行きたい!」というリピートが絶えない。

写真9:クラゲの絵が描かれた「希望のピアノ」


2.「わたしを聞く」「わたしを祝う」という体験

ところで、クラゲ館には要予約のスペシャル体験枠がある。クラゲの大木の下の地下室で行われる、一回につき35人しか体験できない「いのちの根っこ」と命名された体験ツアーである。

幸運にも予約できた人は、創造の木の根っこに行く。根っこなので土の中にある地下空間という設定だ。そこは暗闇で、いろいろな音が聴こえてくる。風が奏でるエオリアンハープの音色、コウモリが発する超音波、水の中の音、森の音、焚火の音、ベトナム少数民族による金属打楽器ゴングの音。音文化研究者である柳沢英輔さんがフィールドレコーディングをされたという極上の音源が、最高峰の音響設備によってまるで実物のコウモリやベトナムの音楽隊が目の前を通り過ぎていくかのようにリアルに耳に届いてくる。しかし、それらの音は微妙だ。良い音なのだが、大きな音でも、派手な音でもない。微妙な音なのだ。どこから聴こえてくるのかわからない。だから耳を澄ます。耳を澄まして聴こうとする。考えてみると、こんなふうに耳を澄ますのはいつぶりだったろうか。耳を澄ますのはとても久しぶりだ。いやもしかしたらこんなふうに耳を澄ましたことなんて今まで一度も無かったのかもしれない。そんなふうに思う。暗闇の中でただただ全身の耳を澄ます。この体験は「わたしを聴く」と名付けられている。耳を澄ましていると、コウモリの羽音や風の音と共に、自分の心音が聴こえてくる気がしてくる。スピーカーから流れている水の音が、自分の血管の中を流れている血液の音なのではないかと思えてくる。静かである。しかし同時に騒々しくもある。内と外の区別がつかなくなる。どこまでが自分で、どこからが環境なのか。聴覚を通して脳内と心をくすぐられるような、音に集中していると足元が救われて実存が脅かされるような、ぞくぞくする、とても不思議な体験だ。座っている根っこも音に合わせて揺れ響き、振動も含めて音が自分の中を通っていく。自分の音ってこんな音なのかな、と思い始めた頃、次の体験への扉が開く。

写真10:「わたしを聴く」を体験する参加者


次の部屋へ導かれると、そこには360度の大画面が周囲にぐるりと張り巡らされている。最初はクラゲたちと遊ぶ。手を広げたり背を伸ばしたり・・・クラゲが自分に合わせて動いたり動かなかったり。「わたしを聴く」で落ち着き払った自分の心を癒してくれるように、大丈夫だよ、君一人じゃないんだよ、と語り掛けるように、自分を取り囲んだ周囲の映像がゆっくりとしたペースで、しかし着実に明るさを増し、賑やかになっていく。クラゲが泳いでいる。沢山のクラゲがとても綺麗だ。そして日本各地のお祭りの映像が映りこんでくる。日本だけじゃない、世界のお祭りの映像。まるで思い出のように、お祭りの音が鳴っては消え、また鳴っては消えていく。とにかく壮大で美しく、いのちを感じる。(世界やアイヌを含む17種類のお祭り・郷土芸能から5つがランダムで選ばれているのだという。)やがてゆっくりとした調子でお囃子が始まる。しかし、どこの国のものなのかよくわからない。聞いたことが無い。聞いたことが無いのだけれど、これはお囃子だ。それだけはわかる。ちょっとジャズも入っている。これはあらかじめ録音されていたクラゲバンドの楽曲で(後からわかったことだが、この曲は中島さち子さんが作曲された曲「いのちの旅」だという)、そこに現場にいるクラゲバンドの方々の生演奏が即興で被せられていく。やっぱり生演奏はすごい。パーカッショニストが放つ1音1音の打音が、それまで静かになっていた自分の心を励ますように響いていく。1音1音に勇気付けられ、調子が上がっていくのがわかる。お囃子のテンポが徐々に上がる。周囲の映像では、世界の”お祭り”の主人公たちが共演を始めている。多様な方々が現れる。ブラジルもセネガルもメキシコも沖縄もチベットも韓国も車椅子の方も赤ちゃんも中島さんも河内音頭のおばちゃまも。クラゲも踊る。世界のお祭りで踊る。映像が周囲を回り出す。参加者も回り出す。そうか、これはパレードだ。世界の祭りのパレード。歩き出すと自然と身体が動いて、リズムを取り始める。そこにクラゲバンドの演奏が畳みかけてくる。皆が踊る。世界が踊る。かくいう私も、動画を撮っているのも忘れて踊り出してしまっていた。動画を撮ることなんかもうどうでもよくなってしまっていた。それがお祭りだった。周囲が暗い状態のまま保たれていたので、周りの他の参加者はよく見えなかった。だからこそ、自分が踊り出しても恥ずかしくなかった。いいじゃないか。踊るんだ。そうして、お囃子が最高潮に達し、祭りが絶好調に達し、参加者も多分全員が満面の笑顔になって、「わたしを祝う」体験が終わる。拍手が巻き起こる。ブラボー!

写真11:世界の祭りに同期してクラゲバンドの演奏が始まる
写真12:世界のお祭りの参加者がパレードを始める


以上が、クラゲ館の地下で行われている体験だ。クラゲ館のテーマは「いのちを高める」である。プロデューサーの中島さち子さんや建築家の小堀哲夫さんは「いのちの高まりとは何か」について、闇鍋会議(コンセプト立案の為に何度も開催された有識者との企画会議がこのように呼ばれていた)と、何十回も開かれた関係者とのワークショップの中で、このことについて腹落ちするまでとことん語り合ったという。その結論として導き出されたものがクラゲ館であり、その根っこで繰り広げられているこの体験である。「わたしを聴く」で静粛にじっくりと自分の中へと耳を傾け、一転して「わたしを祝う」で自分を讃え、祝福し、思わず踊り出してしまった所で体験が終わる。それは熟練のミュージシャンたちによる音楽ライブの体験そのものでもあるし、また、主体者として深く係わるお祭りの体験そのものでもある。「いのちの高まり」とはこういうことか。なるほど。この体験は自分の身体が意識せずとも踊り出してしまうという状態にならなければわからないだろう。非常に個人的で主観的な体験なのだが、同時に、その会場にいる人々、また、映像に映っている全世界のお祭り参加者と共に心のボルテージが上昇し、「いのちが高まった」という不思議な体験なのであった。

写真13:「わたしを祝う」を体験する参加者


クラゲ館の奇跡の謎を解く~建築家小堀哲夫さんインタビュー①

小堀 哲夫氏

建築家・法政大学教授
2008年株式会社小堀哲夫建築設計事務所設立
2017年「ROKI Global Innovation Center」で日本建築学会賞、 JIA日本建築大賞をダブル受賞
2019年「NICCA INNOVATION CENTER」でJIA日本建築大賞再受賞
風土、地域、歴史を踏まえ、共にワークショップを通じ、 極めて質の高い場を共創する点が特徴的な建築家
今後、銀座の三愛ドリームセンターの新ビルディングや、新・帝国 劇場の設計者としても選定されている


1.中島さちこプロデューサーとの出会い

先日大阪・関西万博のクラゲ館へ行かせていただいて、そこで起こっている「創造性の民主化」の奇跡を目の当たりにしました。その後プロデューサーの中島さち子さんにインタビューをさせていただいて、クラゲ館のキーマンの一人が建築家の小堀哲夫さんであったこと、小堀さんの建築がこの奇跡を形作ったことなどを伺いました。本日はお二人がこの奇跡にどのようにして辿り着いたのかお伺いしたいと思っています。

まず初めに、中島さち子さんとどのように出会って活動が始まったのかお聞かせいただけますか。

小堀: 2018年の4月に、「日本子ども学会」が開催されたのですが、この時に中島さんが参加されて興味を持っていただいたのがきっかけです。

この時私は当時設計した山口県下関市にある梅光学院大学の話をしました。日本全体が人口減少する中で、どのような学びが大事かということに応える大学を作ろうという目的で、以下の3つの特徴があります。

一つ目は、学生に対して開いた場を作って、学生が自分と関係の無い分野の学びに触れるようにすることです。大学の建築はどこもそうですが、ひとつひとつ教室があって、それがブラックボックスになっています。これをワンルームにして廊下や教室を無くして、開いていきました。学生がいろいろな経験をして学びを深めていけるように、建築なのだけれども一つの街のような場所を作ったのです。すると、これまで終業後すぐに家に帰っていた学生がなかなか帰らなくなりました。大学の居心地がよくて、帰らずに友達とだべったり、本を読んだり、論文を書いたりしている。そうすると、普段同じ教室で学んでいる自分の分野以外の人と出会って、話をするようになります。関係ない分野の学びに触れるということが重要で、学生の視野を広げることになります。

二つ目は、学生と先生、また、先生同士の開いた場を作って、融合を促すことです。大学の先生は普段研究室で研究をしていますが、今回の建築では1階にも先生の居場所をワンルームで作って、全員がそこにもいるようにしました。学生はそこを通って学びの空間に行きます。こうすることで、先生と学生のつながりや先生同士のつながりが見える化されて、融合する土壌ができました。

三つ目は、地域の人々に開いた場を作って、大学に対する理解を深めていただくことです。大学生協さんにお願いして、地域の人が訪れて食事を食べられる場所を作りました。ワインなども飲めるようにして地域の方々に場を開き、気軽に訪れてもらえるようにしました。これまで大学に来たことがなかった人が来てくれるようになって、老若男女で賑わっています。

「日本子ども学会」で上記のような説明をしたのですが、この時中島さち子さんが興味を持ってくれまして、中島さんが大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーになった時に声をかけてくれました。

写真14:梅光学院大学の外観 ©︎新井隆弘
写真15:壁を無くした梅光学院大学の内部 ©︎ナカサアンドパートナーズ
写真16:壁を無くした梅光学院大学の内部 ©︎ナカサアンドパートナーズ

2.いのちを大きく捉えるため、クラゲに行きつく

中島さんから声がかかって、万博のパビリオンがクラゲ館になっていく訳ですが、どのような経緯でそうなっていったのか教えていただけますか。

小堀: 中島さんからお声掛けいただいた時に、今回の万博は「いのち輝く未来」というテーマだと伺いました。「いのち輝く」ということを考える博覧会であるということは、まさに生命そのもの、いのちそのものにどのように開いていくのかということだと思いました。一方で、いのちというテーマは大きくて、得体の知れないテーマでもありました。そこで、私たちは「闇鍋会議」をやることにしました。いろいろな人をお呼びして毎週のように会議を開いて、どういう場を作るべきかを議論するところから取り組み始めたのです。

その後、我々のパビリオンは「いのちを高める」というテーマに決まって、いのちが高まるとはどういう瞬間なのだろうということを何度も話し合いました。今後AIやロボットのようなテクノロジーが台頭してきて、そこからいのちが高まるということも十分あり得るだろう。しかし我々はそれに対してある意味否定的なスタンスを取りつつ、それと共に、デジタルやAIとどう共存するかという側面を考えていこうと思いました。AIやロボットも認めつつ、もっと身体的で、あらゆる生命が共存できるような、そういう社会が必要なのではないか。そのような観点から、身体性、遊び、学び、祭りといった方向に集約していきました。

これまでに私が手掛けたROKIさんや日華化学さん、べにやさんの建築もそうなのですが、空間が空いていることが重要だと思いました。空間の空き方にはいろいろあります。単にスペースが空いている場合もありますし、空いてはいるのだけれどそこには誰も入れないような場合もあります。我々は来場される皆さんに対して「ようこそ!ウエルカム!」と大きく開きつつ、そこに来ていただいて何かを掴み取って持ち帰っていただけるような開き方をしたいと考えました。普通パビリオンを作ろうとするとどうしても内と外を完全に分けて、内側には予約しないと入れないようにする訳ですが、我々はそういうことに疑問を持ちました。それで、地上に設ける空間にはいつでも誰でも入れるようにしました。これからますます暑くなってきて、会場は劣悪な環境になっていきます。そんな中で、予約しないと入れなかったり、炎天下に行列を作って待ってもらったりするのは大変です。特に子供さんは1時間も待っていられないですよね。それから、身体の不自由な方も自由に出入りできる空間を作りたかったということもあります。そんなふうにして、我々のパビリオンは公園のような場所になりました。誰でも入っていける、誰にでも開かれた空間。「The Place of Availabilities」ということを考えまして、それはまさに「空いている空間」なのですが、開かれた場所であり、恩恵のある場所なのです。

そうこうしているうちに「クラゲ」というテーマが生まれてきます。クラゲって太古の昔から存在していて、海の中で縦横無尽に遊んでいるように見えます。例えばベニクラゲはいろいろな形に変化しながら死ぬことなく命をつないでいって、大きな傘をゆらゆらと揺らしながら遊んでいる存在で、それが皆を受け入れてくれるような形にも見える。美しさと不思議さがあって、ゆらめきがあって、長い時間生きている命でもあって。彼らは神経細胞なのですが、脳もないし心臓もない。そういうものであっても、命として存在する。人がこれだけ地球上で強大で知的な存在になり、更に今AIやロボットのようなもっと進化した存在が生まれようとしている中で、クラゲだって生命だし、もっと緒言的に生命を考えたいということになって、「クラゲ」というテーマが浮上してきました。

生命進化全体からしますと、人間の進化なんてすごく小さなものです。人間の部分だけでなく、もっともっと長い期間を見て、生命力や身体性を呼び起こすような建築を作り、全てに開いていって、あらゆるものを受け入れるような「The Place of Availabilities」を作りたかったのです。

一方、中島さんは「創造性の民主化」というお話をされています。これはどういうことかというと、あらゆる命には、小さなものでも大きなものでも創造性がある。その創造性をお互いに認めていこうということです。そしてこれらが相まって、クラゲ館というパビリオンを設計していきました。

写真17:クラゲ館の初期スケッチ 提供:小堀哲夫建築設計事務所
写真18:怪しく光る夜のクラゲ館 ©︎Flavio Coddou

※写真3,8,9,10,11,12,13:現研撮影

【次号について】
「いのちの遊び場 クラゲ館」。第2回のインタビューは、こちらをご覧ください。

【中島さち子さんへのインタビューを同時掲載】
シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場くらげ館」のプロデューサー中島さち子さんへのインタビュー記事が同時掲載されています。ぜひご覧下さい。

付記:当記事の2回の連載で掲載されている現研主任講師杉井清久による「プロローグ クラゲ館の奇跡に遭遇した証人として語りたいこと」「エピローグ クラゲ館の奇跡を私たちの未来につなぐ」は、中島さち子さんの記事においても中島さち子さんへのインタビューの前後に掲載されています。