Our Stories
鈴木成裕活動歴Ⅱ-2(昭和50年~59年)
(Ⅱ−2)前へ向かう意思:個人と集団の思考・行動変革の提唱
昭和50年(1975年)~昭和59年(1984年)
―事業の深化・充実と国際化加速への対応―
(4)昭和50年代上期の展望
昭和50年代は、鈴木所長が「自分を超える思考」において、「逆流してくる変化を含む主流に対して、横から水平に飛び込んでくる変化を含む変化の時代」と指摘しておりますように、従来に比して複雑、多様、急激な変化にさらされ続けた時代でありました。同じく同書P.13 ~14で、鈴木は、この当時の日本の状況について、次のような厳しい見解を示しております。
新たな変化と旧態依然の思考基盤

「不確実性の時代における経営者のあり方」出席者の一人として:鈴木成裕
「戦後日本の立ち直りのため、石炭や鉄などへの傾斜生産を出発点とし、先ず、ものをつくり、そのための金を集め、それをつくり出す母体である企業を強くする必要があったことは否めない。先ず、分配のパイを大きくする必要があったのである。だが、それだけであろうか。そこには、富国化のためにとられた政策手段、及び国家目標である富国状態に対する明治時代的な大ざっぱな発想も影響している。富国や繁栄に対する概念、コンセプトの探索や形成が、はじめからなかったのである。ただあったのは、アメリカやヨーロッパのような、というようなお手本追従の思考であった。
現在の問題を言えば、この追従思考の状態が変わっているとはいえない。依然として、われわれは、外にモデルを求めて、手に入るモデルらしきものの断片を拾い集めている。」
そして鈴木は、このように、外にモデルを求める追従型思考では、遠からず、日本がやっていけなくなる、そのときの事態への対応を説いております。
大島和義上級主研もまた、この当時、新たな潮流を迎えることになった日本の産業・企業の状況を、人事・教育部門の実態も含めて、次のように展望しておりますが、ここには、新局面を開いて成果を挙げている企業の努力に中心を置きながら、そこに至るまでの挫折、犠牲や痛み、苦労という表現で、鈴木が指摘しております旧態依然の思考習性の残存が示唆されております。
1.戦後環境の転換と
新競争力の形成
ニクソンショック、オイルショックの打撃を受けた後の1975年からの日本の10年 ― それは第二次大戦からの復興と、追いつけ、追い越せの成長路線を歩んできたこれまでのモデルの挫折、そしてその挫折の中で次なるモデルの模索と、さらにそれを突き抜ける転換への課題の克服、そしてその成果を新たな世界の中での日本の国際競争力の形成へとつなげていった10年であり、その前半5年は苦しみの、後半5年は成功の成果を享受する10年となった。
2.日本産業の苦節
ー重工業の苦悶と脱皮
ー産業構造の改革
オイルショックによって打撃を受け、一挙に競争力を失ったのが電力エネルギーを大量に使うセメント、アルミ、製鉄等の産業である。この状況打開のために、これらの産業は、バラバラになっていた設備の集約、原燃料の切り替え、熱効率の高いシステムへの投資、業界の再編等あらゆる努力を実行した。その結果、大きな犠牲を払い、さまざまな痛みを伴いつつではあったが、昭和54年の第2次オイルショックに際しても、その打撃を吸収できる強靭な体質づくりに成功していたのである。同時にまた、これを契機として、日本は素材産業をベースにしながらも、それを使って最終製品を作り上げていく、より付加価値の高い産業分野、すなわち家電、自動車、住宅産業等の強化・拡大へと産業構造のシフトを推進した。
3.省エネ意識の浸透と
省エネ・省資源製品の開発
家電、自動車、住宅設備機器をはじめとして、あらゆるもの、分野を対象に産業界は新たな「省エネ技術」を開発して、新製品づくりに全力で取り組んだ。そしてこのとき、オフィスで、工場で、そして各家庭で発揮された、たとえば電気をこまめに消したり、空調の温度を調節したりといった消費者の省エネ意識は、2度にわたるオイルショックを乗り越えていく原動力となったのである。
4.採用再開
ー教育研修の再開と改革



昭和53年ごろから回復し始めた経済情勢に対応して、各企業ともストップしていた採用を再開し始めた。同時に、徹底した経費節減のあおりを受けてストップしていた教育研修も再開する方向に動き始めた。
ここで、人事・教育部門は、さまざまな苦労を積み上げていた中で、次の社のケースに象徴されるように、非常に優れた行動をとったと思う。
すなわち、第1に人材政策の量から質への転換、そして第2に人事教育部門の業務機能から戦略機能への思想と行動の切り替えである。
第1のケースでは、この社は、採用再開に当たって新規採用者の育成を徹底して考え直すことを断行した。
新規採用者に対して、従来の短期の入社研修の後、配属して、そこでの簡単な業務への導入研修を済ませれば、後は実践とOJTというやり方をやめて、3ヵ年の目標設定の下、1年間の基本教育プログラムを新たに作って、集合教育と実践研修を交互に展開して推進したのである。
現研は、それ以前からの長いお付き合いの中で、鈴木が中心となってこの一連のプログラム策定を指導する役割を負い、実際の教育にも講師として当り、受講メンバーの育成過程を見守った。
第2のケースでは、この社は、教育研修の再開にあたって、従来の大量受講型方式、そしてHOW TO中心の教育の思想を抜本的に切り替えて、集中・選抜・少人数方式へ、そして、自ら考える力の強化と視点刷新から新たな思考と情報の形成を進める改革が推進された。
この時、これに先立って、この社の精鋭部隊の一人が注目し、読み込んでいたのが「自分を超える思考」(昭和51年7月10日 初版)であった。彼が周囲に働きかけて、鈴木に講師を依頼し、このプロジェクトが発動したのであった。その時、彼は28歳だったと後で聞いている。これが縁で、現研は、30年以上にわたって、この社の教育研修やプロジェクト指導に当たることになった。
5.中期計画、
そして経営構想へ
昭和53年、第二次オイルショックを吸収して、ようやく次のステップを踏み出そうとした日本の経営が直面することになったのが、経営計画立案の問題であった。
それまでの経営計画は、対前年、何%アップを目標とする単純なもので、当時の実績はその数値を毎年上回るのだから、単年度計画で十分機能していたのである。極端に言えば、将来がどこまでも明るく開けていると思えた時代の計画は、あってないようなものである。だが、それが吹き飛んだ。
そこで、「3ヵ年」を基準にした中期経営計画の立案ということが検討されるようになった。しかし、ここに大きな問題が立ちはだかった。その計画立案の基本となるアプローチが、多くの企業において、未解明だったのである。
一つのアプローチは、徹底的に将来の環境を調べて分析し、そこから自社に影響を与える重要な要因を割り出して、それを足場として計画に展開する方法である。もう一つは、自社の本質や思想や文化などを基礎として、将来のあるべき自社像を描き、それに向かって進むべき道筋をつくり上げていくやり方で、いわば主体的、意思的に自社の経営のあるべき姿を構築していく方法である。
この後者の経営構想の確立の必要を、早くから提示していたのが当現研の鈴木成裕所長であった。
鈴木は昭和53年刊行の「経営転換の構想」(後記)の序文で次のように述べている。
「・・・日本産業に大きな影響を与える海外の市場、技術、資源についても、また戦争と平和の問題についても、日本の立場から見て、楽観的にも悲観的にも言うことができます。
ただ、どのような予測が可能であるにしても、企業としてはたくさんの情報を選択し、その選択のもとで経営行動を設計しなければならない難しい立場におかれているのであります。本書をまとめました立場は、このような状況に立ち向かう第一の力は、主体的な構想の確立であるとする考え方であります。そして、そのような立場で、現代の諸変化と、将来の起こりうる事実を考えて見ますと、経営活動のいろいろな面で、従来通りのやり方では不整合な問題に突き当たり、動きがとれなくなるという事実であり、・・・。」
6.人事基本構想の立案
昭和50年代、経営構想の立案とともに、現研が指導して進めたプロジェクトの一つに、「人事基本構想の立案」がある。
ある社の場合、この人事基本構想は、トップのきわめて高い評価を受け、取締役会の承認を得て、「人事展開構想」へと発展した。そして、この構想の下での各政策は、5年間にわたって、人事部門の人たちと各部門によって強力に推し進められた。
とくに、この構想立案の過程で、参画メンバーに対して鈴木所長が行った指導は、いわゆるプロジェクトの推進指導にとどまらず、非常に厳しい、また創造性にとんだ人材育成と教育の場であったと、プロジェクトを統括した経営トップの評価と感謝の言葉が残されている。
(5)「監督者と小集団の運営」ー鈴木成裕著

第一線監督者自己啓発シリーズ
「監督者と小集団の運営」
(日本経営者団体連盟弘報部 第1刷:昭和52年9月30日刊)
なお、鈴木は、「自分を超える思考」の翌年に執筆致しました本書におきまして、当時の諸状況からこの時代を「自己認知の時代」と捉え、企業を襲う「変化の直撃」について、記述しております。以下に、第Ⅰ章「自己認知の時代」の冒頭“変化の直撃”より、その概略を記します。

(伊藤忠商事(株)総務部)新春特集座談会
「集団にも”心”はある」ゲスト鈴木成裕
先ず、鈴木は、本書の中で、低成長、減量経営下のこの当時の時代状況について、「今、会社や個人や日本は次第に難しい局面に入ってきている。新聞を見ても雑誌を見ても、先行きはかんばしくないかな、と思う」と述懐しますが、だが、直ちに「昭和30年代も、40年代もそうだった。日本やわれわれは変化する必要があったし、変化に伴う問題に対応し続けてきた。」と考え直します。
そして、「今、現実の企業内の問題を考えても、確かに組織の体質転換ということは避けて通れない。第一線のリーダーは直ちにこの転換の問題に直面することになる」と論を進めます。
第一に、これから組織に入ってくる新しい価値観を持った若者たちの発想を受け入れられるか。またそれに対する正しい指導を行い得るか、これらは企業基盤の問題にかかわってくる。この問題に先ずぶつかるのが小集団のリーダーである。決して会社の上位者たちだけの問題ではない。
さらに、将来の新しい産業への転換や、新商品化の推進といった過程では、例えば計画を重視しながらも、時にはその計画を取りやめ、別の行動をしなければならない局面も出てくる。これは大変な負担である。

第二に効率性の問題。どの職場でも、企業存立の基盤である高い効率性の維持はこれまでも求められてきたが、従来の枠組みの中でセットされていた技術基準やマニュアル等は十分に活用されていたとは言えないし、また必要なだけ十分にセットされていたとも言えない。作られていながら、それについて無関心から放置されていたものもある。これらの建て直しも必要である。
さらに第三に、品質の問題もある。日本の社会全体がどんどん高度化するにつれ、求められる品質もどこまでも高度化する。その中で、海外と似たような商品をつくっている場合、品質の差によって競争力を増す以外に途はない。品質向上に対する社全体の努力はきわめて高度なものとなる。必然的に、小集団のリーダー、特に現場の第一線のリーダーに負わされる変化への対応責任は急激に、大きく、厚く、重くなっていく。

第一線の指導・監督者に求められるのは、自分自身のマンネリ化した思考や、硬直化した思考、あるいは他の人々と同質的な思考を打ち破ることである。このような心がけを忘れず、物事の隠れた本質や問題の前提を見極める目を養うことである。つまり、現在の自分自身を超える新しい力を、現実の毎日の仕事の中からつかんでいく難しい努力をするということである。
そして、「はじめに」の中で、「第一線の指導・監督者の方々には、従来やってきたことの良さを活かすと同時に、新しい転換や発見を、自分自身の意識や行動、業務遂行の方法の面やシステムの改善に、いかにして活かすかがより強く求められるだろうと思います」と述べております。
昭和54年以降、大島が、前記「昭和50年代上期の展望」において述べておりますように、日本企業は低成長から新成長への軌道に乗ることに成功したのですが、その過程では、現場はもちろん、全社挙げてのこのように懸命の改善努力が求められ、目指され、実行されていたのです。
本書はいわゆる新書版で、鈴木の著書としては従来に比して薄手ですが、編集の巧みさもあって。大変読みやすく、どの頁を開いても役に立つ内容に行き当たる仕上がりになっております。
鈴木成裕の経営、人における考え方を知る上で、昭和51年刊の「自分を超える思考」と53年刊の「経営構想の転換」(後記)の架け橋になる役割を果たしている面もあり、当現研メンバーにとりまして、経営問題の本質を独習する上で大変有益な書籍です。
(6)「経営転換の構想」ー鈴木成裕著

「経営転換の構想」は、鈴木成裕の昭和53年7月刊行の著書です。
本書は全12冊から成る同文舘出版のニュービジネス選書の第1冊目として刊行されたもので、鈴木は同選書全体の責任編集に当たっております。
本書のサブタイトルは「不整合時代の進路」です。また帯には、「新成長実現の途を探る-新目標の探索・新体質形成の方法を詳述」と謳われております。
1.これからの企業の立場
迫られる経営転換と
新成長の実現
本書の「はしがき」には、「経営の個々の活動も、全体活動も、不整合な問題に突き当たり、転換を要する時期に来ている」との鈴木の見解が示されております。
そして、続く「序章-状況の視点」(P.8)において、鈴木は「これからの成長の概念は、高度成長期のそれとは違ったものであり、その展開の方式、考慮条件、成長のねらいにおいても、まさに「新」成長と呼ばれるべき性質のものである」と考えます。
鈴木はさらに続けます。「少なくとも経営は、外側からの要請だけでなく、内的環境からみても新成長実現のために、全力投球の努力を、現在のいわゆる減量経営といわれる活動と並行し、またそれに引き続いて行わなければならない場にあるということである。経営は新成長を構想し、踏み出し、活動する時期にあり、そのために集団の意識を結集し、戦略を立て、現状を再検討し、方向を具体化し、管理方法を変革する時期に入ったと実感する」と記します。帯の「新成長実現の途」とは、まさにこのような途を指すものです。
戦略の立案、
そして経営基本構想の確立
そして、この「経営が新成長実現のための戦略を立案する時期に入った」という認識に立って、「戦略」という概念について、改めて次のような再確認を行っております。
「時代、状況、未来の条件は刻々と様相を変える。もし経営者や経営中枢メンバーが、これらの変化を洞察し、新しい行動方式の展開を発想したら、これが戦略化の初めであり、その行為を推し進めることが新経営の発見である。・・・その結果立てた戦略が意表をついた戦略であるか、堅実な戦略であるか、またその優劣は、実践の場で証明されるべきであると思う。
そして、その成果のカギを握るものは、具体的な経営基本構想段階を持つことであると思う。」(Ⅰ.新経営政策の策定とその条件 2戦略先行の前提―発想より構想へ “戦略の成立”P.46~47)
2.経営基本構想の確立と留意すべき問題点
このような立場に立って戦略を立案し、新経営に基づく経営基本構想の確立を目指すとき、そこに横たわるさまざまな問題の中には、外的環境の変化やそのリスク、後手に回った対策と絡んで、「不整合な状況」が内在している、あるいは顕在化し始めている傾向が多く見受けられるとするのが、鈴木の認識です。
以下は、「では、現在、われわれの政策立案、問題解決の対象となるものは何か。現実に当面している重点となる事項は次のようなものである。」として示されている重点項目と、その解説の概要です。

▼組織体質の変革:社会・産業構造の転換過程に対応する自社の広い意味での組織体系の変革
主として対外組織との結合、または分離、ときには海外販売網の再整備、海外生産拠点強化等の集団組織体系の再編成、時には企業規模が小さければ、主力取引先との関係の切断と新グループへの参加というリスクある活動への展開もあり得る。いずれにしても、自社の現実から見て、短期・長期のバランスの取れた収益を基盤とし、戦略的な緻密な展開が問われることになる筈だ。
そして、これらの組織展開を主体的に行い得る条件は、
⚫︎経営中枢にこの種のプロジェクトを確実に遂行できる人の存在
⚫︎グループの提携等、他と結合したシステム、あるいは相互の異なるシステムを結びつける仕組み、ノウハウの存在
⚫︎事前対応としてのスケールメリット評価、商品ミックス分析等の徹底 である。

▼企業行動と社会の調和:社会的要請と実際の企業行動との調和
法的、制度的規制、消費者運動、地域社会の要請等に対しては、抽象的な応え方で済ませず、その内容を具体的に掴んでいく、しかもその応え方が自社の更なる正しい発展の契機となる、そのような思想と行動が求められる。
この企業行動と社会との調和のために、第1に必要とされるのは、経営中枢のものの考え方、そして経営行動の全面にわたっての行動品質の向上、さらに全従業員に対する社会の責任意識の徹底、そのための管理の構造。教育方式の変換も必要となる。
▼不整合の調整:経営が本来もつ思考・行動体質と、構成員の価値意識、行動様式との不整合の調整
一般的に、中堅社員は社会的価値観の影響を極めて強く受ける。仕事の重圧の中で、組織を肯定するよりも否定する意識をもって、自分の価値を発見しようとしたりする。
一方、中高年層の管理陣の多くは、現在の自分の処遇への不満、将来の社会における自分の待遇への不安がある中で、新しい今の社会的基調にも納得がいかないことが多く、支持できない。社会の潮流の変化についていけないのである。
すなわち、日本の経営活動が乗っていた社会基盤と、これからの社会基盤が違ってきており、一歩誤れば、以前の社会基盤の中で体系化された経営様式で、新しい経営基盤の上に立つている人々をマネジメントする結果となる。あるいは、旧い社会基盤の上で形成された思考と行動様式をもつ個人と集団を、新しい社会基盤に立って打ち立てた経営様式でマネジメントすることになる。
この不整合から発生する葛藤は、著しく社の経営活動を停滞、混乱させ、ときには組織的危機をもたらす。
以上を考慮した新しい認識による新しい経営政策の立案は、“この種の問題はどの時代にもある現象”として、感覚的に処理したグループの立案した政策と比べて、成果の上で、後々大きな差を出すであろう。方向性、指導性をもたない単なるコミュニケーションの強化で、片づく問題ではない。

(1976年6月号輸送経済新聞社発行)
ワイド特集ー中級コース
物流管理「物流マネジャーの役割と自覚」
▼経営の意思決定:経営の意思決定と諸部門、諸階層との対立または心理的緊張の増大
かつては、たった一つの要因に基づいて意思決定をすれば、自動的に各部門、各層の活動が整合して動く状態であったが、今はそうではない。意思決定自体が難しい選択を迫られている。一つの系列の選択が他の系列に大きな影響を及ぼし、それが跳ね返って自社のどの部門か、どの層へ圧力となって働いていく。
現在は、各機能、各層が対面する内部状況、外部状況はそれぞれ違うわけだから、意思決定内容の理解の仕方にも差異があり、それが無理解や、黙殺や、不満の原因となる。特に、社内の情報伝達の仕組みが上手く機能しないような場合、誤解から生ずる葛藤のみならず、調整活動も混乱を増幅する要因となる。
状況把握を通じて、整合のための方式と、その冷静な遂行が望まれる。
▼資源・市場政策:国際・国内資源、市場政策の再編成
先般のEC(当時)諸国の激しい日本批判に対する経団連の驚きは、多くの企業人に驚きをもたらした。
このようにならないよう、一つ一つの取引国に対する調査の組織的展開に、今後、新しい視点を付け加えなければならないところだろう。
今後の企業の資源確保のための政策、また民族主義の動向、ブロック化の進行、保護貿易の状況から見ても、資本輸出、多国籍企業化は、いくつかの波を超えて進行するであろう。
各種資源の場合、巨大化した日本経済の資源国に及ぼす影響は大きなものがあるが、そのはね返りの及ぼす影響はさらに大きい。当然、企業は先を見た政策・立案を行い、輸出依存や資源の多角的入手方式の再編成を計るべきである。市場政策のみの限ってみても、重点国家、重点領域の再選定は、長期的に見た政策を勘案した上で再編成を要する問題である。
このような状況を見れば、経営における構想の時間的、空間的スパンは、大きく、長く、広く拡がらざるを得ない。

▼経営資源の最適配分:長・中・短期政策の具体的再編成と経営資源の最適配分
激動期においては、過去数年の間に立てられた政策は、情報分析に偏りがあり、設定以後の変化との整合性に乏しい場合が多い。各年次ごとの見直しだけでは、特に計画設立時の考え方と、現実に必要とされる諸事情との間のずれが大きい場合、短期計画を誘導する上での目安としての力を持たない。この短期計画をそのまま延長して中期計画とした場合は、なおさらのことである。
過去の時点に過剰に寄りかかった未来の推定は、社の経営行動を誤らせる、あるいは計画自体を机上の案としてしまう。
▼組織の再設計:事業部制、本部制を含む各種組織の再設計
組織に関する限り、どの組織も社の持つ長期構想と現在の社の置かれている状況の、双方にある矛盾を、何かしら背負うものである。
だが、もし、現在の状況の中で発生する問題ごとに組織いじりを繰り返していけば、かえって組織のもつ機能を失い、個人の能力に過度に依存することになり、有能な人々の、及び現場の葛藤は激化しよう。
組織の動態化とは、その組織の構成諸単位が諸変化の動態化に対応して成果を挙げ続けられるようにすることを言うのであって、変化に応じて組織そのものを変え続けることではない。
新基本構想を持つ組織へと転換することは必要であるが、現在のそれは、過去に立てられたものと著しく不整合な状況にある。
▼技術・商品の開発:新局面に対応できる技術・商品の開発と市場への投入
これまでのところ、日本に発達してきたマネジメントの思想は、技術分野での展開に当たってはそれぞれ限界がるところから、技術開発、あるいは研究所管理などにおいて、新たな管理原則や原理の開発が必要になっている。現状では、部門部門のリーダーが現実の場にあって、技術特有の考え方と経営の求める要請との調和を、個人的な努力で取り結んでいるのが実態である。
そして、開発された技術は商品開発へと繋がっていくが、問題は、きわめて単純な素材商品であれ、社会商品とも言うべきシステム型の商品であれ、商品である以上、“もの”としての商品に“ソフト”としての何かが付加されない限り、現代に通用する商品とはなり難いということである。
ここで言う“ソフト”とは、商品の持っている内的な価値を、さらに消費者の求める価値・感覚と結び付けているものである。大きく変わった社会的価値観の下で、ある有力な商品をつくり得るか否かが、現在を生き延び、将来の産業秩序に占める自社の位置の問題とも絡んでくる。
▼品質の高度化:高度化する各種社会水準と対応する品質の連続的高度化
商品の品質水準、これは高度化の一途を辿っている。実は、この連続高度化競争こそ、現在の企業競争の特徴である。
この競争は二つの側面に分かれる。すなわち、ブランドイメージに結びついていく高品質企業の問題と、ミスによる競争力の喪失との戦いという失点競争下の企業の問題である。
後者の場合で言えば、高度成長期の場合、品質における失敗は次の何かの行為によって取り返すことが出来たが、これからの高度化する社会水準と、激化する競争過程の中では、そのチャンスはない。その意味で、得点競争ではなく失点競争である。
▼効率化の必要:新しい工夫による効率化の必要
現在の社会条件は、いくつもの混乱を伴って変化している。そしてそれが、それぞれの企業のおかれている状況、メンバーの能力、意識、持っている管理技術、設備等の諸資源の、いろいろな面に問題を与えている。しかし、企業の特定の行動面を見ると、例えば実行部分、計画部分は強いとか弱い、あるいは計画実行部分までは強いが最終的な点検・評価の段階は弱い等々、これまで自社を成長させてきたものに寄りかかり過ぎてきたために、弱くなっている部分が必ずある。
ところで、効率化という考え方は、明らかに全体性の問題を含んでおり、特定時点だけの能率化、特定部分だけの成果を指すものではない。全体と部分の関係の合理化、全体と部分との目標の適正化、時間的な長さから見た全体の成果の追求等々を勘案して成立している考え方である。そして、こういったものが考えられている限りにおいては、効率活動によって得られる成果は十分であると考えねばならない。
但し、今日では、政策的に見て、効率化政策を掲げるだけで成功する確率はますます低くなっていく。効率化によって何を目指すのか、効率化のとる新しい方式は何か、これらについての点検を考えるべきであろう。

(1976年6月号(社)総合経営管理協会編集)
特集ー余剰人員の有効的活用法④
「経営転換への有効戦力ー余剰人員対策の基本ー」
▼能力開発の転換:中高年層、若年層を問わず、処遇ならびに能力開発転換の推進
高年齢基調へと転換する人口動態の推移は、経営管理層に対して、人の取扱い方について、多くの衝撃的な問題を提起している。これらの諸問題は相互に入り組んでいて、一概に論議することは難しい。但し、どの場合においても注意を要することは、現在の問題と将来の問題を混同しないことである。
例えば、人の処遇の問題。日本における経営体の政策は、全般的に世間相場という思想をベースにしているだけに、今後、独自の方式を打ち出すことはきわめて難しいであろう。
本質的に言えば、経営の競争力は、単に商品だけによって決定されているわけではないし、人件費の多寡によって決定されているわけでもない。構成員が仕事を愛し、自社を愛するかどうかも、明らかに見えない経営競争力である。この点を無視した経営構想は、展開の過程で活力を失うものである。
働く人々にとって、企業の中での活動は、個人の社会的能力を上げていくものであり、仕事を通じて自分自身が開発されていくものであるという、実感が味わえるような能力の開発体制が考えられることが望ましいし、能力の開発が自分の集団全体の良質な発展につながるという形で進行する工夫がなされていればさらに望ましい。そして、経営構成員諸層の心の中にある安定化への欲求もまた、不用意に傷つけてはならないものである。ここへの配慮も是非欲しいところである。
▼活動システムの改変:管理思想の転換、ならびに展開の下でのシステムの改変
新段階に到達した日本の経営事情の下では、過去に形成されてきた業務遂行行動方式の中に、改めて整理を必要とするものが存在する。
まず、高度成長体系を無意識に信奉していた行動体系、ルールで固まった官僚的統制は、今後の多様な社会の価値観の中で躓くであろうし、企業の持つ動的特性を損じていくであろう。また、個人の意欲を重視し、それに依存した行動様式は効率性を失っていくであろうし、さらに単位がバラバラなシステムの下での行動を容認する姿勢では全体の最適な成果は生み出し得ないだろう。
新たに、社訓の持つ伝統的な影響力に加えて、新時代に力を発揮しうる思想の具体化、それを計画や実行等の各面に適応し得るコンセプトの形成が必要となろう。
そして、このときに経営の思想の中に「現代」を挿入して欲しいと思う。経営とは、所詮その時代に生きる生体である。これによって活動のシステムも大きく変わる。この認識を持って欲しいと思う。
3.経営体質とその転換
なお、本書のP.142~144 「Ⅲ新体質への転換 1.経営体質の構造―転換の対象 経営体質とは何か」の部分で、鈴木は、企業が経営体質の転換を計る理由を次の3項に集約しております。これらは、上記致しました諸事項の総括とも言うべき事項です。
1.新戦略行動を起こす上で経営体質が問題となるケース
2.現場で問題が発生する度に経営体質が原因とみなされ、問題となるケース
3.体質そのものを変えること自体が、新経営実現そのものであると考えられるケース
そして、さらに、では「経営体質とは何か」と論を進め、
「強いて言うならば、それは
1.経営とは何か
2.経営体とは何か
3.体質とは何か
の3点に分けて考え、その上で総合として規定するのが良い」結論します。
そして、では
*「経営とはなにか」
「この課題は、経営に携わる責任のある人なら、自分の経営行為を通じて一生かけて解くべき課題と言えよう。だが、ここでは、①その行動の過程面を捉える。例えば、利益機会の発見、資本調達・投下・運用・回収とか、情報収集・分析・検討・計画立案・決定・実施・調整・評価・問題抽出等の活動をするものであると分析する。
あるいは、②「社会、消費者、社員の必要とすることに働きかけて、それによって利益を得、それを還元することを目的とするという目的的な側面から理解する。」
*「経営体とは何か」
「これは構造的に分析する。つまり、ハードの要素として、人、もの、金等と、ソフトの要素としての理念、組織、制度、管理、技術等があり、それらの総合した動的な存在として理解する。」
と論を進め、
*「経営体質」とは
「ある組織、集団が利益目的を追求するために、集団を構成する要素が活動を展開する過程で、その全体、または個々の局面で示す傾向性、またはくせ、及びその原因となる内容」
と結論づけます。したがって、「水ぶくれ体質」と言えば、例えば構成要素としての人を、目的実現のために必要な機能を超えて抱え込んでいることを指し、「積極的な体質」と言えば、行動の計画や実施に関して、管理や理念の内容が、未来期待的な傾向性を持っていることを指すことになる、とします。
4.経営ダイナミズムの復活へ

(日本リクルートセンター)「高成長・高収益入へシフト」ー新戦略で変貌図る企業ー
インタビューコメンテーター鈴木成裕)
昭和50年代は、特に前半は、鈴木が「不整合」という言葉で表現致しましたが、長引く不況、厳しさを増す国際環境、将来への不安の錯綜する中で、日本という国、社会、産業・企業、生活、日本人の捉え方に、価値観の違いによる世代間の差が大きく出始めた時代でもあったと思います。
本書の終章『「経営ダイナミズムの回復」 新活動開始の時点』の中には、鈴木による次のような記述があります。
「・・・このような不整合時代、転換時代において、個人および集団の基本的に重要な力とは、変化の方向の洞察力と、自社を含む経営風土の伝統の理解力と、新行動を設計しうる構想力と、自分以外の他に働きかける積極的な意思であろう。
こんなことが、現在、そしてこれからの動的環境の中で、“新成長”を実現しうる重要な条件となろう。そして、このような力の展開に当たって、広い社会人としての意識に裏づけられた個人が結集して、着実に、眼の前の問題を忍耐強くつぶしていく空気を許容する、おおらかで活力ある職場風土の形成が求められよう。そして、最終的には、経営者、・管理者は、人とシステムについて、整合性のある思考を確立することが求められ、そして、その構想のもとに、緊急避難的な政策の処理を終え、また混乱の中でつくった諸案を修正し、新態勢の形成、新立ち上がり活動を指示すべきであろう。
ここ何年かは、そういう時期であるように思われる。」

なお、本書「経営構想の転換-不整合時代の進路」は、前述致しました通り同文舘出版(株)の ニュービジネスデザイン選書全12冊の第1冊目として刊行されたものです。鈴木成裕は、この選書全体の責任編集に当たっております。
同選書のそれぞれの書名および執筆者は、下記の通りです。いずれの方々も、当時、斯界でご活躍のご高名な方々です。
「情報政策の転換-近未来への準備」高地高司著
「経営官僚制批判-生命力形成の追及」大野力、二宮欣也、大野明男著
「経営言語の研究-日本経営の逆思考」金山宣夫著
「市場選択の戦略-現状を超える技術」矢矧晴一郎著
「技術開発の転換-格差時代への挑戦」松井好著
「社内教育の転換-意識革新の新路線」山本成二著
「組織変革の論理-ハードとソフトの結合」中村実著
「戦略転換の構造-80年代企業の闘争」石川博友著
「経営資源の配分-実践哲学と計量手法」西澤脩著
「製品戦略の時代-ヒット商品への条件」江川朗著
「品質保証の政策-理念・現実一致への努力」梅田政夫著
(以上 発刊順)
(7)「不満の管理」― 鈴木成裕編著

第Ⅱ章 個人価値観の構造-行動再構築の原点 黒川 洋
第Ⅲ章 不満の原理と発見ー場の中の葛藤の追求 堺 利雄
本書も、「経営転換の構想」とほぼ同時期の昭和53年(1978年)の著書で、初版の刊行は6月、そして昭和59年に第8版に至りました。サブタイトルは、不整合への人と組織の対応です。
なお、本書は、当時、現研の8○5研のメンバーでありました黒川 洋氏、境 利雄氏が、第Ⅱ章、第Ⅲ章をそれぞれ分担執筆されておられます。
1.組織・個人間の亀裂の拡大
この前年の昭和52年は、戦後最大の不況と言われた年で、明けて53年は、第2次石油ショックが、その低迷にさらに追い討ちをかけた年でした。政府も、企業も人も、何とかこの状況を抜け出そうと懸命の努力をしていましたが、その成果は未だ現れておらず、社会全体も赤軍派事件(昭和52年)の動揺もあって、日本を覆う沈滞ムードはかなり深刻なものでありました。
このような閉塞状況の中で、企業にあって、組織と個人としての自分を対比し、組織をこれまでよりも客観的な目で見始めた働く人々の間では、不安、不平、不満、そしてときには怒りが、次第に募っていく気配がありました。
山本上級主研は、鈴木が、この当時、「経営転換の構想」から時を置かずに、本書の執筆に取り組んだ経緯を次のように語っております。
「このような時代状況を、個人と集団の不整合、価値観の不整合という言葉で捉え、人間学の立場から、人間の行動と不満の真相に迫り、この解消のためには、個人の自己改革の努力と合わせて、組織が強いリーダーシップを発揮し、その下での参画活動に導くことが重要であると説くことはたいへん意義のあることであった。」
そして、続けて、「この書の第1章には、「浮上する不満の系列」という見出しで、16の不満現象とその起因、もたらす影響、その解決の指針が提示されている。企業に所属する人、個人で仕事をする人を問わず、多くの人に、今、是非読んで欲しいと思う部分である。人間の不満、不平、不安、怒りの根っこにあるものは、何も変わっていないことを、改めて再認識して欲しいと思うからである。」と述べております。
2.企業組織に見る不整合の基調

「組織は機能しているか」
「近代労研9月号」(昭和58年9月1日
(社)近代的労使関係研究協会発行)
なお、同じくこの第Ⅰ章には、3、不整合の基調(P.20 )という項があり、次のような記述で始まっております。
「・・・われわれの眼も前にあるのは、明らかに、すべてのと言っていいほど、多くのものが、すなわち活動が、価値観が、システムが、将来の予想と現実の状態が、不整合であるということである。対立であるということである。そして厄介なことに、それらが対立であり、不整合であると解っていても、そのことへの対策は立ち遅れているか、調整方法を発見し得ないでいる。」
そして、例えば、
*企業価値に関する考え方の不整合
*意思決定問題をめぐる不整合
*管理・運営の思考面での不整合・・・例えば人間か、システムかの選択
*労働と報酬に対する考え方の不整合
*新管理に求められるものと管理者の能力の不整合
*専門技術者同士の思考方式によるコミュニケーション・ギャップ 等々を挙げ、
「これらの高度成長期に形成された考え方と現在の考え方との間のコンセプト・ギャップ、方法ギャップ、能力ギャップへの調整のための転換が急がれる」とします。
そして、「この調整の前提は、不整合の実態が個人および集団の行動にあるとすれば、行動の出発点である目的・目標の再発見、再調整に関わってくる、ときにはビジョンに関わる。部分部分の技術的調整以前に、その部分が持つビジョン、目的、目標の再調整が必要である」と指摘します。
そして、言うなれば、現在の組織に対する問題点の多くは、「不整合状態に対する不満である」との見解を示します。
3.不満の実態
第Ⅰ章の5.可能性の探索 管理と不満の超克(P.50)で、鈴木は次のように述べております。
「・・・内外のきわめて動的で多様で激烈な環境状況は、われわれ個人の考え方や行動習性や、日常生活や、パーソナリティを痛撃している。多くの人々が現在に不満をもち、将来に不安を感じている。
自分の意志が無視され、自分の価値観が罵られ、自分の努力が求める成果へとはね返って来ないことが多くなっている。時には、眼の前の現実を変えるのに、どうやっていいか方法が見つからず、手も足も出ない。いや、ひょっとすると、身の周りを変えようとすることなど、無意味でまちがった考え方なのかも知れないという不安に襲われる。そして、不安と不満の中で関心を自分だけに向け始める。」
さらに続きます。
「組織の中の管理者も同じである。部下に無理を強いる心のよりどころを失い始めた。何のために、という問いに、確信をもって答えられる人々の数はきわめて少ない。いくつかの解答は用意しても、それは便宜的なものであるか、功利的な性質のものであることを、かれらは知っている。心の深いところで、かれ自身が迷い、傷つき、彼自身が不安であり、不満である。
そこで、ある人々は集団のあり方と、個人のあり方を完全に切り離す。割り切るんだ、とかれは言う。この言葉を不安や不満からの脱出の手段とし、自分と他人をなだめている。また別の人もいる。・・・自分と他人との間に距離を置く。そして、自分に与えられた職務や地位の砦の中に閉じこもる。他の人々を冷たい目で見つめる。指導はするが、心は冷え切っている。」
4.不満の管理
そして、鈴木は「これらの不平や、不安や、不満を、環境の変化のせいであるとすることはやさしいし、個々の人間性のせいであるということもやさしい。だが、そのような結論によって、個人の心が満たされるわけではない」と言い切ります。
続いて、「問題は、このような状況を、どのように行動し、どのように生き抜くかである。もちろん、そのやり方も、解決の方法も単一ではない」とし、その上で、
「だが、確実と思うことがある。それは、われわれの持つ不安や不満を直視し、それをもたらす諸因と取り組み、自分の意思による行動を通じて、そうでないときよりは、よりより形で、不安と不満を超える道を探索することではないか。
そんなことから、個人や組織が活力を取り戻し、見えない他者に支配される不安と屈辱から解放され、現代の調整期にあって、人間と社会と自分の属する組織にとって好ましい調整へと、僅かだが、しかし確実な転換が実現されるのではないか。組織集団の中で考えれば、それらのための方向付け、刺激、指導、調整、問題解決の行為を不満の管理と呼んでも間違いないのではないかと思う。」と結論づけます。
5.不満の超克

MTSリポートリポート1981.7.24
((社)日本能率協会経営技術研究センター編集・発行)
なお、この章には、次のような記述もあります。
「~個人やグループの活動が往々にして、他および全体の変容をもたらすものである。強力な変化に追随する情報化社会、政治・経済社会では、可能性を発見し、立証し、実現したグループが、常に全体に波動していく変化をつくる。
個や小グループにとって、今、必要なことは、自分の力への懐疑、自信の喪失を打破し、いろいろは現実の裏にある基調を洞察し、自分自身を固め、グループの再結集、それに基づく粘り強い変革活動、業務執行活動を主体的に行うことであろう。それが、自分及び集団の安全と発展を保証することになる。」
これに関連して、第4章 組織の対応-革新・転換の焦点 3.運用理念と方法を変えるの項で、鈴木は、現在のような調整期にあっては、組織内活動を左右しているものの考え方、あるいは組織の中で活動する個人個人の考え方を変えなければやっていけなくなるだろうと、述べております。
では、どのように考えるべきか。「それは主題となる事柄や、個人の生き方や、集団行動の基本となるものを考えると、そして組織とは本来何をするところかを考えると、その中から浮かび上がってくるものである」として、個人の仕事をやりやすくし、個々人の欲求の実現や組織の発展に関係する、いくつかの課題項目を挙げております。以下にその項目と、解説の概要を示します。

(「銀行の管理者」3月号”集団蘇生学”蘭 昭和59年3月1日(株)近代セールス社発行)」
1.計画ー固定化を考える習性の打破が必要
当面の間、計画に求められるのは動的な特性である。状況の変化に耐えうるように、①見直し方式 ②自動的に代替案を選択する仕組み ③ある種の計画の場合は、「指針」と考える発想 などが、考えられていく必要がある。
2.参画ー参画することに意義があるとは言えない
参画は、世の中の激動につれて一部の管理者、スタッフが、自分の持つ情報量や判断では動きが取れなくなってきたために、良い判断や情報が欲しいという現実のニーズから推進されたものである。
だが問題は、例えば意思決定に参画させようとする場合、参画する側に、実行段階での能力はあっても、高度の判断業務では能力不足が露呈するという現実が存在することだ。沈黙させっぱなし参画、聞きおく程度の参画だけでは、意欲を削ぐだけである。能力形成の厳しい姿勢と温かい指導が求められる。
3.点検ー成功したか、しないかだけをみる悪い癖
点検の過程で、より良い方法を発見する姿勢が必要である。なぜ、達成しなかったのかを点検するのはよい。その理由を追求して、対策を練ればなおよい。達成したら、なぜ達成したかを見ることはよいことだが、そこからよい方法を描き出し、モデル化を周辺に示すことは、なおよい。
4.問題追求ー依然として、あってはならない式の発想が多すぎる
これは、責任追及の姿勢いかんによっては、個々の組織、集団、個人を、閉鎖的、自己防衛的なグループ、あるいは個人としてしまい、組織全体の動的な活動力を失わせる。組織、個人に問題があるのは当然だ。大事なのは、発展を阻害する問題発見の習性であり、その問題を具体化し、解決に取り組もうとする姿勢づくりである。
5.リーダーシップー誰からも褒められる人間づくりとは限らない
よい人間づくりは重要だ。また、何がよいかを追求することは必要だ。だが、道に迷ったとき、誰がリーダーになるか。人格者でも、地位の高い人でも、権限のある人でもない。その方面の地理に詳しく、また詳しいことを証明できる人だ。この場合、情報がリーダーシップを構成する要因となる。
組織は、本当のところ何を期待しており、また部下及び周辺は何を期待しており、如何なるニーズがあるのかを、つめておく必要がある。

(1987年7月(財)日本経営教育センター編集・発行
特集/新成長の条件を探る
「新成長の条件と戦略教育のあり方」
6.企業内教育ー能力の平均化をはかりすぎる
日本の教育体系を批判する向きがあるが、それは下を持ち上げるのに熱中し、優秀な人間を育てる努力を怠っていることにある。したがって、組織は平均的な人間の集まりになり、いいリーダーが出現しにくい。対策は、日本の経営風土からいけば、①教育の機会均等の実現 ②選択による厳正果断な各面のリーダーの育成という順になろう、②における多少の摩擦は恐れるべきではない。
7.チームワークーお互いの協力体制の確立に重点が偏っている
組織が仕事を本当に品質よく遂行しようとすれば、それを受け持つ単位単位のひとりひとりが、自らの責任において、品質のよい活動をする必要がある。個人個人に対する注意と配慮を抜きにして、悪しき協調性の中で、責任を分散させる傾向があるところから、意欲ある個人を絶え間ない雑用の中で消耗させ、本来持つべき専門性の開発を無効にすることがある。真のチームワークの形成に、一工夫ほしいところである。
8.システム化ー人間疎外というふうにとらえる誤解
システムを使うのは人である。システムとは、人が考える余裕をもち、自分自身の力を自分でなければやれないところに集結するために、また投入した努力を一ではなく三に、五に、百にするために、かつ業務の目標選択、指示、命令等の情報交流、および開発・実行過程評価等の仕組みや、人、もの、金等の組み合わせのために、合理化、手順化、最適化等を考えるものである。こんなふうに、システム化の原点に戻ることが、人間が見舞われている業務上の疎外を打破し、個人にとってやりやすい業務遂行基盤を形成することになる。
9.部下指導ー組織内でやり方に混乱がある
手とり足とりやることと、考えること、自己開発であると突っぱねる考え方との間の距離が広過ぎる。前者からは仕事遂行の主体的な発想が生まれず、また苦労しながら何かを求めていこうとする意欲も生まれてこない。そして、手とり足とりされるのを当然とする甘えの構造にどっぷりつかった、幼児性が強く、不満の多い部下が多く発生してくる。後者は、自己流で、人の考え方に耳を傾けない、一時的には有能だが、長い目で見ると組織人として融通の利かない、時には大事なことをまったく知らないで失敗する人をつくりやすい。対象別、テーマ別、問題別、人別に仕分けておく必要がある。

(1987年7月号(財)日本経営選センター編集・発行
特集/新成長の条件を探る
「新成長の条件と戦略教育のあり方」
「新成長の条件と戦略教育のあり方」より
10.専門性ー職人気質という面からのみ見られすぎる
ときには、専門バカなどと嘲られる専門家が見受けられる。そして、苦労して、その道のベテランの上司となったにも拘らず、彼の長所より、その欠陥のために彼が断罪されるのを見るほど、若手の意欲を削ぐものはない。一つの組織の強さ、深さ、発展性そのものは、各分野における深い専門化を前提とする。管理があって専門があるわけではない。自分の仕事を楽しみ、誇りにする、さらに自分の抱く疑問を掘り下げていく気風までも台無しにしないことが、本来の管理の最低の条件である。
11.目的ーわかりきっているという見方が一般的すぎる
目的は、本来、経営目的から個人目的に至るまで、理念性、抽象性が強い。くり返し、くり返し話すべきであり、また目的は何か、自らも絶えず追求すべきである。
人が自主的な行動を行うに当たって、また問題に対してどの方法を採るべきかに当たって、真に頼りになる原点は目的である。個人に行動原理を内臓させ、自主性を確立した行動をとらせようと思えば、第1に徹底すべきは目的の原理である。
これに対して、目標は、人や組織が行動を起こすきっかけであり、対象である。具体的に、明確に、数字、例、名称、見本、表などで示すべきである。目標は行動の動機であり、出発点であり、起こした行動の指針となるものが目的である。この辺の錯覚から、具体的であるべき目標については、くどくどとまとまりのない話をくり返し、徹底すべき目的については何も語らないという失格行動が始まり、人々の迷いと不満の原因となる。
12.過程ー成果がいっさいであると考えるのは偏った考え
企業に問われているポイントの一つは、どんな方法をとって成果を挙げたかである。この面についての評価は、法的にも、倫理的にも厳しくなっている。余りにも低い成果への反発として、この種の成果一辺倒の主張が声高になりすぎると、組織が本来期待しない方向での方法をとる人と、踏むべき手順を踏まない活動が増えてくる。
現代においては、社会性の観点から見て、問題になる方法はすべて許されない。企業は、成果のない行動は無意味であるという厳しい論理の上に、よき方法とよき動機・態度というものが強く求められている点を重視すべきである。
ある制度や組織が、忍耐や限度を超えた努力によって支えられるようでは困る。錯覚や過去思考による思い違いや、制度づくり・運用誤りほどやりきれないものはない。業務運用の中では、このような問題が渦巻いている。改めて、転換と調整の努力を払って欲しいと思う。
