アップル、グーグル、アマゾン、トヨタはどう考えて人を採るのか
経済・経営ジャーナリスト 桑原晃弥 氏
グーグルの採用
グーグルは、優秀な人材がみんなそこに集まってくると言われるほど、人材の質が高いことで知られています。ここの基本は、まず自分より優秀な人材を採用しようということです。グーグルが求めているのは、学校時代の成績が優秀であるとか言うことはもちろんですが、それ以上に大事なことが3つあります。
1つ目はチームワークが取れる人材であること。どんなに優秀でもエゴが強い人材は断る。2つ目は世界を変えられると信じているかどうか。3つ目はラーニングアニマル。学び続けるマインドセットを持っているかどうか。この3つが適う人間を採りたいということです。
面接の時間は一人につき約30分。面接回数は5回までです。以前は、面接時間が非常に長かったり、回数もやたら多かったりで知られていましたが、グーグルお得意のエビデンスによると、それは無駄なことだということになりました。優秀な人間は面接で30分以内にわかるし、回数も5回以上は無駄になるという判断に至って5回までという取り決めになりました。
ただし、人事部任せの面接は一切しないということです。あくまでも働いている人間が自分たちの仲間を選ぶという視点が基本になっています。もう一つ注目すべきことは、採用の質を犠牲にしてまで埋めるポストはないということを言っていることです。
私も人事にいたことがあるのでわかるのですが、採用を仕事にすると、どうしても人数が目標になりがちです。例えば、30人採用するとなったら、どうしても30人採ることにこだわる。しかし、実際には30人の優秀な人材が来るということはめったにありません。どうしても人数合わせ的な採用が行われることになります。するとそこにまた非常な無駄を招いてしまうことになります。グーグルの場合、採用の質にとことんこだわり続けて数字を目標にしないことを徹底しています。
グーグルでよく知られている豊富な福利厚生ですが、基本的には優秀なエンジニアたちがここで働きたいと思ってくれるかどうかがポイントになります。
アップルの採用
スティーブ・ジョブズと言うと、暴君的なイメージがあって、人を人と思わないなどと言われたりしました。彼がはっきりと言っていることは、彼が貢献できる最大のことは、優秀な人材に目をつけることであり、才能を限界まで引き上げることであり、そしてこの組織には優秀な人間以外はいらないのだ、という文化をしっかりと植え付けることであるということです。ここでも非常に人にこだわっています。
ただ、ジョブズが変わっているのは、成績の優秀さとか前の企業でのキャリアには大きな関心を示さないことです。それよりも、世界を変えてみたいとか、自分の限界をぎりぎりまで伸ばしてみたいという人を好んで採用します。
ジョブズというと、優秀な人間をスカウトしてきたというイメージがあります。しかし、意外にも彼は「この世の中に即戦力は存在しない」とよく言っていました。そして「人は育てるものだ」としきりに強調していました。
どんなに優秀な人間がいても、どんなにたくさんのお金があっても、それでその企業にイノベーションが起きるか。そうはならない。そうなるためには、リーダーなり、トップなりが、自分たちが目指すところはここであるという基準をしっかりともって、そこにたどり着くまで徹底的にみんなの能力を引き出していく。そういう役割を果たして続けていくことがジョブズの言う「人は育てるものだ」の真意です。
ジョブズはノーを言うことが好きです。それは、人に限界を超えさせる、あるいは、限界を超えた仕事をさせるためです。時には途方もない無茶な要求のせいで彼の部下たちは労働時間が週90時間にもなります。しかしそれも一生続くわけではありませんから、半年から1年位、最大限の努力をすることをスタッフに課すのです。
トップであるために、またリーダーであるためには、ちゃんとした物差しを持つべきだと彼は語っています。そして、この会社でやるべき仕事の質はこうなのだ、という物差しを持っているかどうかをリーダーに問います。リーダーにもしその物差しがなかったらどうなるのか。部下の成果物に物足りなくても、こんなものかなとあきらめたり、時間がないからと止めさせたり…。そういう妥協の連続になります。
それを極端に嫌って最高のモノができるまで絶対にノーを言い続ける姿勢が、アップルの独創的な製品に結実していますし、それを生み出せる人を育てることにもつながります。
アマゾンの採用
アマゾンも創業時から採用にはこだわっています。ベゾスがこう言い切っています。
「今日雇われた人が5年後に『あの時自分は採用されてよかった、もし今だったら自分は入れなかったな』と言うくらい、毎年毎年採用レベルを上げていこう」
彼は働き方に関してはかなり厳しいです。アマゾンでは「長い時間働くこともできるし、猛烈に働くこともできる、懸命に働くこともできる、ただし3つの内2つを選ぶことはできない」と言っています。つまり、長時間働いて、猛烈に働いて、懸命に働けと言っています。非常に過酷ですが、これがベゾスの目指すところです。
面白いのはベゾスが、年に一回、社員に向かって「辞めるのだったらボーナスを支給するよ」と提案することです。ボーナスは入社年数によって決まるのですが、なぜそんな提案をするのか。
ベゾスは社員に次のように自問自答して欲しいのです。
「自分はアマゾンという会社で1年間働いてきた。また次もいるべきなのか、ここにいて何ができるのか」
人を辞めさせたいのではなく、ちゃんと考える時間を経て自ら選んで働き続けることを決めて欲しいとベゾスは願っているのだと思います。
トヨタの採用
採用や育成に関して、他の3社とは違って、あまりスーパースターには依存しないのがトヨタ自動車だと思います。その要因は日本の採用環境とアメリカの採用環境の違いにもあると思います。今でこそ応募してくる人のレベルが上がってきていますが、かつては自動車会社の中で日産やホンダの方が人気のあった時代もありました。豊田市という辺鄙な場所にありましたし、トップレベルの人をすぐに採りにくい状況にありました。
そこからできてきたのが、スーパースターに依存せずに人を育てていくという考え方です。トヨタがいつも言っているのが、「一人の100歩よりも100人が一歩ずつ」という考え方です。一人の100歩というのはスーパースターです。スーパースターがいて一気に100歩進む-素晴らしい成果をあげる-ということに依存しないで、100人の人間が一人ずつ知恵を出して一歩ずつ進んでいこう。その合計はスーパースターよりも遠くに行ける、という考え方です。
そのために育成で行っているのが「見える化」です。トヨタの「見える化」は業務改善や品質管理で有名ですが、人材の能力の「見える化」も行っています。相撲の星取表と同じようなものがあって、例えば経理部に配属になっている人たちは、いったいこの現場でどの能力が必要なのか、どういう仕事をしなければいけないのか、というようなものを細分化してそれを全部書き出します。生産現場であればこの工程でできる作業はこれである、と書き出します。その作業の欄に丸印を付けてそれを十字に区切り4分割します。そこでできた4つの面をその作業に対する彼のレベルの向上とともに順番に塗り潰していきます。レベル1は指導を受けているレベル、レベル2は教えられなくても何とかできるレベル、レベル3は自分ひとりでできるレベル、レベル4は部下を指導できるレベルです。レベル4まで行くと丸印は完全に塗りつぶされます。
そのように全員がどれだけの仕事をこなし、どれだけの能力をもっているかを一覧表にして貼り出してあります。それによって自分のレベルがわかるし、周りの人間もその人がどんなレベルかを把握することができます。そういった非常に地道な育成方法を採っています。このように採用より育成がきめ細かい点は他の3社とは違うところですが、人に対するこだわりの強さは同じだと思います。
出典:現研第406回新経営具体化研究会(2021年9月17日開催)の桑原晃弥氏報告から再編集

桑原晃弥(くわばらてるや)氏
慶應義塾大学卒。業界紙記者などを経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で有名な若松義人氏の会社の顧問として、ト ヨタ式の実践現場や、大野耐―氏直系のトヨタマンを幅広く取材、トヨタ式の書籍やテキストなどの制作を主導した。一方でスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスなどのIT企業の創業者や、本田宗一郎、松下幸之助など成功した起業家の研究をライフワークとし、人材育成から成功法まで鋭い発信を続けている。著書に『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP研究所)、「トヨタ式「すぐやる人」になれる8つのすごい!仕事術』(笠倉出版社)、『ウォーレン・バフェット巨富を生み出す7つの 法則』(朝日新聞出版)、『トヨタ式5W1H思考』(KADOKAWA)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)、『不可能を可能にするイーロン・マスクの名言』(ぱる出版)『ウォーレン・バフェット 賢者の名言365』(かや書房)『世界最強の現場力を学ぶ トヨタのPDCA』(ビジネス教育出版社)、 『イノベーションを起こすジェフ・ベゾスの言葉』(リベラル社)『イーロン・マスクとは何者か』(リベラル社)などがある。