新元号を迎えて-ご長寿に学ぶ

現研主任研究員 荒井幸之助

今年も帰省先の新潟で新年を迎えました。初詣は、近所の地域で最も古くからある神社と決めています。眠い目をこすりながら、この儀式のために頑張って起きている長男と一緒に向かいました。神社に入る少し前から踏み固められた狭い雪道を通って、時々、お参りを済ませた方とすれ違いながら境内に進みます。

無事にお参りを済ませ、また来た道を戻ります。その時に必ず目に入る、大きな杉の木があります。しめ縄が施され、雪の中、どっしりと腰を下ろした太い木の幹は、まるで大相撲の横綱が、その地にしっかりと足を下ろして我々を守ってくれているようで、何とも言えぬ安心感と、神々しさ、畏怖の気持ちを抱かせます。

長男を見ると、ちらちらと降る雪の中、ぽかんと口を開けて木の上を見ていました。「この木は何歳なの?」と聞かれましたが即答できず。インターネットで調べてみました。そこにはしっかりとしたサイトがあり、樹齢は800年以上ということ、また、国の天然記念物であることもわかりました。一般的に杉の樹齢は長くても500年と言われているため、800年とは驚きです。ざっくり西暦1,200年頃におぎゃーと生まれたとすれば、中世は鎌倉時代。この木は、武士によって統治がなされていた頃に生まれ、今ここに存在している。う~ん何とも凄い、その生命の時間軸の長さに圧倒されました。この木はこれまで、ここでどんな人の生活を、変化を見てきたのでしょうか。

さて、そんな身近な木のご長寿っぷりに感激したことをきっかけに、木の寿命、樹齢はどれくらいの長さになるのかが気になり調べてみました。日本の最高齢の木と言えば、知る人ぞ知る「縄文杉」です。鹿児島屋久島の標高500メートル以上の高地に自生する屋久杉です。縄文杉というのは個体に付けられた名前で、植物の種の名ではありません。縄文杉の由来は、当時推定された樹齢が4,000年以上で縄文時代から生きていることから来たという説と、うねる幹の形が縄文土器に似ているから、という説などがあります。高さは約25メートル、幹の太さは約16メートルあり、年輪によると、少なくとも推定樹齢は2,000年になり、最大で7,000年になる可能性もあるという意見があります。屋久杉は杉の中でも特に樹齢が長いことが特徴の一つです。栄養の少ない花崗岩の島に生える屋久杉は成長が遅く、ゆっくりと大きくなるため年輪の間隔が詰っています。また降雨が多く湿度が高いため、樹脂分を多くして腐りにくくしています。こうしたことが理由で、樹齢が他よりも長いといわれています。
ちなみに、日本各地には様々なご長寿の木があります。各自治体の解説によると、縄文杉のように樹齢が7,000年を超えるものもあったりします。ただ、こうした樹齢は地域の歴史と共に、巨樹のロマンや伝説として語られていることも多いようです。

次に世界を見てみましょう。実際に年輪が測定されたものとしては、アメリカのカリフォルニア州東部のインヨー国有林に存在するブリッスルコーンパイン(bristlecone-pine:和名イガゴヨウマツ)が有名です。969歳まで生きたという旧約聖書の登場人物、「メトシェラ」にちなんでそう呼ばれています。この木は、1957年の測定時に4,723年の年輪を確認されています(Rocky Mountain Tree-Ring Researchの古木データベースOLDLISTによる)。この木があるところは、どんなに環境に恵まれているのだろうか、と思うのですが、このブリッスルコーンパインの生育しているところは標高3,000mです。そこは低温な上に乾燥していて、強風が吹き、更に土壌も痩せている場所で、生育環境としては極めて過酷であることに驚きます。このような生育環境のため、木の高さは極めて低くなり、形もねじれて奇形となります。写真で見るその姿(鳥取大学名誉教授小笠原隆三さんが撮影したもの)は、激しくねじれながら天に手を伸ばす別の生き物のように思われ、巨木とは異なる生命の迫力を感じます。なお、この木の所在地は、保護の観点から明かされていません。そのため、私も残念ながらこの「メトシェラ」はまだ実際に見ることができていません。でもいつか、この4,800歳近くのご長寿と手をつないでみたいものです。

ところで、なぜこのような悪環境下でもこの木は長生きできるのでしょうか。実はこのブリッスルコーンパインは、養分や水分が十分あるところでは幹がまっすぐに伸び、樹高も高くなります。でも、寿命は長くとも1,500年程度になるそうです。生育環境が良い方が寿命が短くなるとは不思議なものです。
この長生きの理由にはいくつかの説がありますが、エネルギーの使い方が理由ではないか、という考え方があります。ブリッスルコーンパインの成長はとても遅く、年輪の幅が1cm増えるためには50年以上を要すると言われています。厳しい環境の中では、通常5年くらいしかもたない葉を40年以上も付け、僅かな水分や養分で生きられるように、無駄なエネルギーを使わないような、最低限の成長に自らを抑えているから、というものです。そのため、幹や根などの機能も必要最低限度コンパクトに、省エネになっているわけです。縄文杉も同様ですが、この環境に適応したゆっくりとした成長が結果として長生きにつながっているものと考えられています。

さらにもう一つ、自らの遺伝子を残すために繁殖する、という生物の本能を考えると、動物とは違って、植物のような条件によっては自らが長く生き続けることのできる生き物の場合、無駄にエネルギーを使って繁殖するよりも、自らができる限り長生きすることで、自らの遺伝子を残す、という選択肢も選べることになるのではないでしょうか。その点から考えて、悪条件下のブリッスルコーンパインのご長寿には何か戦略があるように思ってしまいます。ですから、万が一、現在の悪環境が改善された時には一気に花が咲き、繁殖活動が始まるのかもしれません。
こうした悪い環境でもしたたかに存在し続ける木の姿と、その圧倒的な時間軸の長さの前には、謙虚な気持ちにならざるを得ません。それと共に、自分の不平不満もどうってことない、ちっぽけなものだよ、なんて思ったりして、日々を生きる励みになったりします。

話は変わり、最近、創業から140年を超える「ご長寿企業」とお仕事をご一緒することになりました。会社の事業承継にも関わる重要な節目となるお仕事です。これだけ長きに渡りご親族で経営を続けてこられた会社のお仕事ですから、緊張感と共に、内心ワクワクもしていました。現社長と次期社長のお話をそれぞれ伺いましたが、これまでの事業内容をお聞きすればするほど、その真摯な姿勢と新たな事業への意欲に感銘を受けたわけです。そこで次はご長寿というテーマで、会社について調べてみました。

先ほどの100年を超えて長年経営を続けて来られた老舗企業については、株式会社東京商工リサーチ社による日本の老舗企業調査というデータがあります。それによると、2017年に創業100年以上となる企業は、全国に33,069社あるそうです。2012年の前回調査に比べて5,628社増えていて、業歴1,000年以上の会社も7社あります。地区別では、東京都などの「関東」が1万23社(構成比30.3%)と最多で、全体の約3分の1が集中していて、次いで「近畿」5,970社(同18.0%)、「中部」5,110社(同15.4%)と都市圏が多くなっています。老舗率(企業数に占める老舗企業の割合)のトップは北陸の2.1%です。古くから加賀藩前田家の城下町として発展した石川県、漁業や眼鏡枠製造の福井県、薬売りの富山県がそれぞれ全国平均を超えていて、地場産業が活発なことがその要因のようです。次いで、「東北」の1.8%、「四国」の1.6%となります。業種別では、「清酒製造業」(850社)、「貸事務所業」(694社)、「旅館,ホテル」・「酒小売業」(各693社)が上位を占めています。

企業規模では、東京証券取引所など国内証券取引所に上場する老舗企業は564社で、全上場企業3,647社の1割(構成比15.4%)。内訳は、東証1部上場が408社(同72.3%)で最も多く、次いで東証2部が95社(同16.8%)、JASDAQ上場が47社の順。従業員別では、「4人以下」が1万1,191社(構成比33.8%)と最多で、次いで「5人以上10人未満」6,735社(同20.3%)、「10人以上20人未満」5,214社(同15.7%)と続きます。「300人以上」は1,121社(同3.3%)にとどまり、「10人未満」が1万7,926社(同54.2%)と半数以上を占め、老舗企業の多くは小規模企業となっているようです。

業歴1,000年以上の会社では、宗教法人を除くと社寺建築の金剛組が578年創業(古墳時代)ともっとも古く、飛鳥時代の四天王寺の建立にも立ち会ったと聞くと、その歴史の長さに気が遠くなります。ちなみに、現在は新会社が旧金剛組から事業を継承していますので、実質的には、華道の池坊華道会の587年創業がもっとも古いとも言えます。その他ベスト10には旅館が5つ入っていて、日本文化の歴史と豊かさを感じさせます。それにしても、最近の数十年でも経営環境が大きく変化していることを考えると、これだけの長い間、経営を継続してこられたことには敬意はもちろん、初詣で天然記念物の大杉を見た時のような、畏怖の気持を抱きます。
なお、世界の老舗企業については、大韓民国が2008年に発表した41カ国の調査があります。それによると、200年以上存続する企業は5,586社でした。このうち56%以上の3,146社が日本にあり、ドイツに837社、オランダに222社、フランスに196社あるそうです。

世界を見渡して見て思うのです。なぜ日本にはこんなにご長寿の会社が多いのでしょうか。それは日本社会が、古来より、絶えず災害に見舞われる厳しい環境に置かれ続けてきたことに理由があるのではないでしょうか。
低温、乾燥、強風に耐え、土壌の痩せている標高3,000mの地で身をねじらせながら天に手を伸ばすメトシェラ。栄養の少ない花崗岩の上に幹をうねらせてそびえ立つ縄文杉。共に過酷な環境に適応し、独自の生きる術を身に付けることで堂々たる長寿を誇っています。
同じように日本社会は、地震、台風、洪水、干ばつに見舞われながら、そういう天災の中で生き抜くために独自の共同体のあり方と生存への知恵をつくり上げてきました。それが日本における企業の原点にはあり、こんなにも多くの会社が営々と命を保ち続けているのだと思います。
経済性と社会性を兼ね備えた会社という存在が、株主の、場合によっては経営者の短期利益追求という経済性に大きく偏りがちな今日の経営だからこそ、日本という国名が701年の大宝律令によって公式に定められて以来、こうして今もその日本という名のままに、1300年以上も存続している継続性と、ご長寿企業を支えてきた日本社会の持つ高い適応能力を範として、企業継続の経営を再認識する必要性は高いのではないかと思います。

さて、本年の5月には「平成」に代わる新元号「令和」がスタートします。これを区切りとして、新たな未来を描こうとする会社や人も多いことでしょう。人工知能や自動運転等の様々な新しいテクノロジーによって描く未来と共に、人とは違う時間軸で生きている木々や、これまで脈々とつながれてきた日本文化や社会風土にも想いをめぐらせ、長く続いてきたこと、変わらないことへの感謝や尊敬を心にもって描く未来も構想していけるのであれば、きっと日本はこれからも長く豊かであり続けるのでないかと思うのです。