1つの改善でもあれば、物事は劇的に変わるのに……

現研上級主任研究員 大島和義

ベルギーのブリュッセルからブルージュという街まで鉄道で行こうとしていた時のことです。切符を買ってホームに上って列車がくるのを待っていました。
閑散としたホームに50代半ばかという女性がいて、その隣にはたぶんその方の娘さん、ベビーカーには2歳ぐらいの女の子がのっています。

私の方から話しかけてみました。しかし、私の言葉は通じませんでした。娘さんも残念ながら通じません。でも、お二人ともにこやかに接してくれています。
それで、赤ちゃんとその女性をむすびつけるようなしぐさで「グランマ?」と言ってみました。そうしたら、「ハイ」というように、とても嬉しそうなお顔をしてうなずいてくれました。

目の前に路線図の掲示がありましたので、それを指でさして「ブルージュまで行くつもりだ」ということを伝えると、彼女は、「自分たちは、その1つ先の終点まで」というように指先で教えてくれます。本当に、こんな些細なやりとりが私にとっては海外でのだいご味になっています。

そんなやりとりをしていると、ホームの電光掲示板に「7分の遅れ」という知らせが映し出されます。すると、女性は、西洋の人達がよくやるように手を広げて「しょうがないわね」という仕草をします。
少しすると、「12分の遅れ」という表示が出ます。さらに、しばらくすると「20分の遅れ」という表示です。しかし、20分しても列車は来ません。

気がつくと、わたしたちの周りには大量の人が集まってきています。やがて、ホームからはみ出しそうになってきました。これは大変だ。これではとても乗れないのではないかと心配になってきました。もう、ホームは人ではちきれんばかりです。

私は、思い切って、「今日はやめて、明日の朝にしよう」と決めました。それで、ご婦人と娘さんに、「私は行くのをやめますので……」ということを目としぐさで伝えたのです。

すると、そのご婦人は、なんと、私の腕をグイとつかんで「大丈夫ですから、一緒にのりましょう」と真顔で伝えてくるのです。娘さんもそんな表情です。それから彼女は私の腕をつかんだまま、ホームの前方と後方の両方が見通せるところにまで連れていって、「良く、見て!」というように指さすのです。見ると、そこはガラガラ。

人々が集まっているのは、ホームの真ん中付近だけなのです。いったい、どういうことなのか、一瞬、わかりませんでした。しかし、改めて周りをよく見てみると・・、わかりました。ホームに停止位置の表示が全くないのです。日本なら足元に「〇号車」という印がどこのホームにもあります。

列車が来ても、どこに止まるかわからないのです。下手をすれば、ホームの両端の方に行って待っていたら、乗れなくなってしまいます。だから、とにかく真ん中なら間違いない、と。それで、私たちのいたところがちょうど真ん中辺りだったので、そこにあふれるようにみんなが集まってきていたのです。
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ようやく列車が入ってきました。どのあたりに扉が来るか、みんな真剣に見ています。すると、今にも停止するかどうかというタイミングで私の隣のご婦人がダッと走り出して、一番先に乗り込んだのです。人をかき分けて、とにかく真っ先に。もう、たまげました。

他の人たちも「我先に」という状況の中、やがて、娘さんと赤ちゃんと私が乗り込んでいくと、もう、しっかりと席は確保してくれてあります。
いや、すごい。私の見た「その光景」もすごいけれども、「ご婦人のバイタリティー」も、すごい!

さて、次にどういうことが起こったか・・・。

私たちが乗り込んだ後、延々と、人が乗り込んでくるのです。ぞろぞろ、ぞろぞろ、真ん中の通路を列車の両端に向かって歩いていきます。おそらく、自分の座る席が見つかるところまで、とにかく、歩いていくのでしょう。逆方向に行こうとする人はいませんから混乱はありません。

そうやって、ようやく、列車は動き出したのです。

◆まとめ

列車が遅れる原因が、また、人々がマナーを捨てて行動する原因が、いったい、どこにあるか・・。

みんなで積み上げてきた改善という努力と、そうやって作り上げてきたシステムというものの成果とで、日本の社会全体がとてつもない価値をもっているということを目の前で見せられた光景でした。

一方、そんな日本の社会も、そして、私たちの企業にあっても、このところ、そこここに、大きなほころびが目立つようになってきているのも事実です。

出現する現代の新しい状況への対応を急ぐ必要があります。1つの改善でも、その努力を積み上げていかなくてはならないと思う次第です。
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