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現研主任研究員 荒井幸之助

この時期、ご近所のお庭を見に行くのが毎年恒例の楽しみになっています。お目当てはそこに咲く何十種類もの色とりどりのバラです。花の香りがあたり一面に漂い、その場にいるだけでも、何とも幸せな気持ちに包まれます。

バラと人の関わりは非常に古く、メソポタミア文明の「ギルガメシュ叙事詩」にバラという文字があるそうです。この物語は粘土板に彫りつけられており、主に紀元前2000年~1200年頃のものだと言われています。その後3000年を経て、アジア系との交配により一年に季節を問わず何度も花を付ける四季咲き系が生まれ、大輪咲き、多色化と進みました。今では登録されているものだけでも4万種類を超える品種が生まれています。

バラは海外の花でもありますが、日本にも自生していて、万葉集にも詠われています。その代表が、のいばら(野茨)です。のばらとも言いますが、このばらは小さく可憐な白い花を付けます。お庭だけでなく、山野や道端でも見ることがある、日本人には実になじみ深い花ではないでしょうか。

ちなみに、りんごや梨、苺はバラ科の植物です。一見つながりがあるようには思えませんが、その花を見ると、いずれもとてもよく似た白い花をつけるので納得します。また、のいばらは原種のため病気や環境の変化に強く、比較的弱い園芸種のばらを増やす際の接ぎ木の土台として使われます。根っこを含む下の部分はのいばらで、その上に園芸種のバラを接ぐわけです。

のいばらは秋には赤い小さな実をたくさん付けます。ローズヒップ(ばらの実)ティーとして飲用されるため、姿は知らなくてもご存知の方がいらっしゃるかもしれません。酸味のあるさわやかな風味が特徴で美容効果もあるそうです。秋の野原を春とは違った色で彩ります。四季の変化が豊かな日本には、こうした植物を楽しめる場所がたくさんあります。

東京で仕事をしていると、忙しさにかまけて、身近にある自然を気にかけないことが多いと思います。空き時間があれば、まずはスマホに目が行きますし、自分の周りをじっくり見ること自体が減っているのかもしれません。でも少し気にしてみると、身の回りにはたくさんの緑や花々が私たちを包んでいます。

先日、仕事先で待ち合わせをした駅で、ふいに、のいばらの花に心が奪われました。欅の木の葉が揺れる、その木漏れ日の中に、風にそよぐ白い花。ぼーっと眺めながら、岡潔さんの随筆集「風蘭(ふうらん)」のことを思い出しました。

後で読み返してみると、そこにはこう書かれていました。「たとえば、すみれの花を見るとき、あれはすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。そして、それはじっさいにあるとみるのは実在感として見る見方です。これらに対して、すみれの花はいいなあと見るのが情緒です。これが情緒と見る見方です。情緒と見たばあいすみれの花はいいなあと思います。芭蕉もほめています。漱石もほめています。」

彼は教育者であり、世界的な数学者です。数学とは情緒の表現である、と語りました。そして日本人にとっての情緒の大切さを様々な形で説き、日本人のすばらしさは情緒にあると言っています。

すみれの花をいいなあ、と見ることが大切であり、それが日本人なのだそうです。「風蘭」の文章を読んだ時、私は日本人の最も大切な根っこのようなものが情緒であり、理性や知性に対しての上位概念である、そう解釈しました。しかし、情緒が何なのか、私にはいまだに分かりません。何となく、日本人って、日本って良いなあ~と思う瞬間かな、くらいに考えています。日本人が持つ、野中郁次郎さんのいう暗黙知のようなものなのかもしれません。

ところで、今年の5月23日、米グーグルが開発した人工知能(AI)「アルファ碁」と、世界最強といわれる中国の柯潔(カ・ケツ)九段が囲碁で対決し、アルファ碁が完勝して話題になりました。柯九段は対戦後にこうコメントしています。「完敗だった。アルファ碁の弱みを見つけられなかった。人間との差を一個人で補うことはできないようになる。」

いわゆる「シンギュラリティ(技術的特異点)」が2045年には訪れると言われています。シンギュラリティとは、米国の数学者でありSF作家でもあるヴァーナー・ヴィンジ氏が提唱している思想で、AIのように高度な機械が、今後加速度的に進化することにより、機械がいずれ人間を上回り、知能ばかりか、意識までも持つようになるという予想です。

アルファ碁との対戦結果を見ると、その日が本当に訪れるのではないかと思わざるを得ません。そのAIの進化を支えるのが2006年に考案された「ディープ・ラーニング(Deep Learning)」という手法です。これは人間の大脳活動のメカニズムをコンピュータ上で再現し、より低レベルの情報から高レベルの情報を段階的に導き出す機械学習の新方式として広く知られるようになりました。

既にAIによって人々の将来の職業が大きく変化することが予想されていますが、その時、経営は、人の働き方は、どういう形になっているのでしょうか。また、それに対して、これからの企業はどう対応していけばよいのでしょうか。

ここで私は先ほどの岡さんの言葉を思い出します。AIというデジタルの世界と情緒、日本人にとって情緒が大切であるということ。バラに幸せを感じ、すみれの花をいいなあと見る。それが我々にとって、経営を考える上でもシンギュラリティ後の世界を生き抜く、AIと共存するためのヒントになるのではないでしょうか。